1週間もすればやっと長蛇の列はなくなった。
ただ、週末はかなり前よりも忙しくなってしまった。
それでも自分のペースを守るのが大事なので、普通の日曜は休日というのを崩す気はない。
無理をすればどこかに歪がうまれてしまう。自分はもうそんな思いはしたくなかった。
莉央は土曜日はいつも店にいる。忙しければ率先して手伝ってくれるが基本はあまり手出ししない。
綾世がしなければならない雑事を、伝票整理とか食材の在庫整理とか、をしてくれている事が多い。
日曜も新しいメニューの試食とかずっと綾世の事ばかりに莉央の時間を使わせてしまっていると思う。
莉央はいい、と言うけれど…もうずっと、店の事も普段の生活の事も莉央におんぶに抱っこ状態だ。
「川嶋さん。お客様でとてもおいしかったので挨拶したいという方がいらっしゃるんですけれど…」
「…わざわざ…?」
綾世は莉央と顔を合わせた。
「それが男性一人の方で…どこかで見た事あるような…?」
パートがしきりに頭を傾げている。
「ランチももう終わりで料理する分ないから別にいいけど…」
「どの人?」
綾世が手を洗って用意をしていると莉央がパートの人に顔を近づけて聞いていた。
「あの人です。窓際に一人で座っている」
二人でこそこそと料理を出す窓口から覗いている。
「後ろ向いてて見えないな」
莉央は気になるらしい。それにふっと綾世が笑った。
「出るよ」
莉央もそっと綾世の後ろからついてきてホールに出た。
いつホールに出てもいいように莉央も黒の腰からの店用エプロンは巻いている。立っていれば立派なギャルソンに見えるだろう。
「お待たせいたし……」
綾世は息を飲んだ。
「…やっぱり川嶋か…」
「柾之……」
綾世の顔色がざっと色を無くした。
「…なん、で……」
「雑誌に載ってたのを見た」
「あんな小さな物なのに」
「綺麗な…でもしや、と思った。少し話し出来るか?」
「……出来ませんので。あしからず」
綾世は頭を下げて席を離れた。
心臓が動揺してどくどくと大きく鳴っている。
ここに現れた。
一体どういう事だ…。
落ち着かない。
「莉央、ちょっと…」
ホールと厨房の境目に立っていた莉央に小さく声をかけた。
そして厨房に戻ると莉央の腕を引っ張って食品のストックをしている狭い部屋に連れ込む。
「綾世さん?どうかしましたか?顔色悪い」
「莉央」
人一人がやっと通れるようよな狭い部屋だ。
綾世は莉央にしがみついた。
「どうしたんです?俺は嬉しいけど」
「ちょっと、だけ…こうして……」
莉央の声が優しいのにほっとして安心し、さらに莉央の首元に顔を埋め、深呼吸を繰り返す。
そんな綾世に莉央は何も聞かないで綾世の髪を撫でてくれ、そのおかげで動揺した綾世の心が落ち着きを取り戻してきた。
微かに震える手で莉央のシャツの胸の当たりを掴んだ。
莉央の彼女の件でほんの少しすれ違ったのはまだ覚えている。
綾世は顔を上げ莉央の目を真っ直ぐ見た。そして息を吸い込んで口を開く。
「アイツ…僕の……」
すると言葉途中で莉央が指で綾世の唇を押さえた。
「うん…分かりました。でも……今は?」
「莉央だけ、だ」
「俺もです。綾世さん…好きなのは綾世さんだけです」
「僕もだ。莉央」
綾世はぐっと胸が苦しくなった。そして背伸びして莉央にキスすれば莉央もすぐにそれに答えてくれる。
「言ってくれて嬉しいですよ。隠されたらどうしようかと思いました」
よかった…。
「動揺した…。けど…もう大丈夫、だ」
「うん。顔色戻ってきた。いや、耳までちょっと赤くなっちゃったかな?もっとキスいりますか?」
「……いい。大丈夫だ」
くすくすと莉央が笑っている。
それにほっとした。
好きだ、と思う。
何をしても失いたくない位に。
「綾世さん落ち着いた?」
「ん。もう平気だ」
莉央がいてくれる。
ストック部屋から出てきても、よしよしと莉央が綾世の背中を摩ってくれる。それが面映い。
「僕は…本当にダメだな…」
「うん?何が?」
「…弱い。莉央がいるから僕はこうしていられるんだ」
「俺は大歓迎ですけどね」
クスクスと笑う莉央に安堵する。
ランチを終え、客がはけて皆で片付けをしているとパートさんが大きな声を上げた。
「ああーーーー!!!思い出した!あの人、テレビとかに出てたイタリアンシェフですよね!イタリアンレストランのイル・ビアンコの!名前なんだっけ…?岡崎なんとか!」
それを聞いて莉央がちらっと綾世を見た。
きっと聞きたい事はいっぱいあるだろうに莉央はここで問いただしたりしない。
それに甘えすぎている…。
帰ったら、ちゃんと莉央に話そう。
綾世は意志を込めて莉央を見ると、莉央は分かってくれたのか小さく頷いた。
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