12月に入って誰もが皆気忙しい。
飲食店もクリスマスだ、忘年会だと稼ぎ時だ。
綾世の店では会社の忘年会はさすがに雰囲気に合わないけれど主婦達の集まりに使われる事は多い。
昼も夜も予約が入ってて、忙しかった。
柾之が現れたのは1回だけ。
しばらくの間はまた現れたらどうしようかと綾世は身構えていたが姿を見せないのにほっとしていた。
イル・ビアンコが思わしくないと莉央から聞いて少しは気にかかるけれどもう綾世には自分だけの店がある。
イル・ビアンコにも柾之にももう関わるつもりはなかった。
莉央は綾世が帰ると毎日心配そうに綾世を出迎えた。
今日はあの人は来てないか?と莉央はすごく柾之の事を気にしているようだった。
そんなに気にする事ないのに、と綾世は苦笑する。
「ただいま」
「綾世さん!おかえり~~~!……今日も…大丈夫…?」
莉央が伺う様に綾世の顔を覗きこむ。
「気にしすぎだって言ってるのに…」
「だって~~…なんかさ…イル・ビアンコの話聞いちゃったら俺なんか…」
綾世は莉央の頬を軽く叩いた。
「何を言う。…なんか、…なんて言うな」
「…ん……」
莉央が綾世を抱きしめた。
「俺でいい?」
「……莉央しかいらない……から」
莉央が軽くキスする。
ここの所莉央は毎日こうだった。
「莉央…僕は今が幸せだ…」
どう言ったら莉央は納得してくれるんだろうか?
莉央がくすりと笑う。
「うん……ならいいですけど」
そう言いながらもどこか冴えない表情だと思う。
営業笑いの仮面が出てないのでまだほっとするけど。
12月に入って3週目。
莉央もかなり忙しいらしく、店に来ても配達だけで帰るのが増えた。
仕方ない事だけど、ちょっと寂しい気はする。
綾世だって店が忙しいのでそんなに話をしている暇もないのだが、それでも莉央の顔が見られるだけでもよしとしなきゃないだろう。
莉央の彼女がクローズの時間に来た事があってから、クローズの時間は店の出入り口の鍵をどんな短い時間でも締めるようにしていた。ランチのお客さんが捌けてクローズの看板を出し、パートさんが帰る時に締める。
ランチも最近は大分時間が押してくるようになって夜の仕込みもなかなか忙しい事になる。
それでも莉央の弁当はちゃんと食べた。
きっと莉央の弁当がなかったら、自分一人だけだったら何も食べないでそのまま仕込みに入るはず。
莉央のおかげで落ちた肉も大分戻ってきた気がする。
「じゃあ、明日もお願いします」
お疲れ様でした!と帰るパートさんに声をかけてドアに鍵を締めようとしたらドアが開いた。
「すみませ……柾之っ」
立っていたのは柾之だった。
すかさず中に入ってこようとする。
「出て行けっ!」
「話がしたい」
「僕は何もないと言った」
「川嶋……イル・ビアンコに戻って来い」
「は……?僕が?今更どの面さげて?そんな気なんてない。それに僕にはここがある」
岡崎 柾之は綾世の店をちらと眺めてはっと冷笑を浮べた。
「こんな小さいちっぽけな店か?イル・ビアンコに戻ればいくらでももっと立派なキャパの大きい店があるのに」
「そういう問題じゃない」
「金だっていくらでも入る。名声もだ」
「そんなの僕はいらない。僕は始めから言ってたはずだ!お前だって始めはそうだったはず」
「客が入るのに小さいままにしとくのは馬鹿だろう」
傲慢な口調。
柾之の考えは一般にはそうかもしれないが綾世には無理な考えだ。
「そんなことより、イル・ビアンコに…」
「戻らない」
「佳奈とは別れた」
綾世は柾之を見た。
「……それが?」
「だったらいいだろう?」
全然柾之は綾世の事など見てもいない。考えてもいない。
友人だった時はそうじゃなかったのに…。
「いい?何が?僕には関係がない事だ。戻る気もさらさらない」
「………あの業者の男か?」
「………なんの事だ?」
はっ、と柾之が冷たい笑いを漏らした。
「なんの事?…お前がまた男をたらし込んだんだろう?あんな小さな業者の男を」
莉央を馬鹿にしたような笑いに綾世はむっとする。
「帰ってくれ。僕は何も用事などない」
柾之の肩を押して店から出してやった。
「考えとけ。イル・ビアンコに戻るんだ。…………あの業者の男もこの店も潰してやるぞ?」
どこか狂気を孕んだような柾之の目に綾世はぞっとした。
テーマ : 自作BL小説
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