自分を馬鹿にして貶める言い方をされるのには慣れてるから別にそれはいいけれど、莉央の事を言われるのは我慢ならない。
「…莉央……」
莉央の笑った顔が見たい、と思った。
いつでも莉央は綾世に安心を与えてくれるのだ。
今消えたばかりの柾之の顔を思い出せば綾世の顔が歪んでくる。
潰してやる……?
店を潰されたって綾世はもうイル・ビアンコに、柾之の所に戻る気なんて微塵もないのに。
その時綾世の携帯が震えた。
青くなった顔色だったけれど名前を見て笑みが浮かぶ。
なんで莉央はこういう時にちゃんと連絡をくれるんだろう?
「…もしもし?」
『綾世さん、今休み?』
「ああ」
莉央の声にほっとする。もう莉央は綾世にとっての精神安定剤だ。
『俺は配達の途中なんですけど、綾世さんの声聞きたいなぁと思って、迷惑じゃなかった?』
「全然。…僕も莉央の声が聞きたい、と思ってた、所だったから…」
こんなに莉央に頼り切っている。そして莉央はそれでいい、と言ってくれるんだ。
『だと思った!…いや、嘘ですけど』
莉央が電話口で笑っていた。
うん…大丈夫だ。
莉央の声を聞いただけで綾世にも笑みが広がった。
今日帰ったらちゃんと莉央に柾之が来た事を告げよう。隠して変になるのはもう嫌だ。
『綾世さん、なんか元気ない?大丈夫?』
「大丈夫だ。…莉央の声聞いたから……」
小さく付け加えればうっと莉央が声を詰まらせている。
『そんな事言われたら会いたくなるじゃないですか』
「ちゃんと仕事しろ」
『してますよぉ』
笑いが漏れる。
心が温かくなる。
柾之といるといつも心が冷えていってた。それが塊となって綾世の中にずっとしこりになっていた。それが莉央のおかげでなくなった。
今さっき、また冷えた心が莉央によってすぐに温められる。
やっぱりもう莉央は綾世にとってもうなくしてならない存在だと思う。
「莉央…」
『はい?』
「……好きだ…」
『あ、綾世さん~~~!電話は反則ですよ!直に言って下さいっ!』
莉央の焦った声がちょっと嬉しい。
『びっくりしたなぁ、もう…。…綾世さん、俺も…好きですよ』
そして小さく耳にキスの音がしたのにかっと綾世は顔が赤くなった。
『………聞こえましたか?』
「き、聞こえた……。何恥ずかしい事!」
『だって~綾世さんがそんな事言うから…。綾世さんからは?』
どうしようか、と思ったけど小さく綾世が返すと莉央がくすくす笑っていた。
『今、顔真っ赤になって可愛いんでしょうねぇ…見られないのが残念…』
「う、るさいっ」
『さて、これで午後も頑張りますよ!綾世さんも夜の部頑張ってね?』
「ああ、ありがとう。莉央…運転気をつけて」
『はい。じゃ、夜に』
恥ずかしい!いい年してこんな事なんて!
電話を切ってからも綾世はしばらく耳が熱かった。
でも耳に聞こえた莉央の声とキスの音に心がぎゅっと掴まれる。
すっかり綾世の中に柾之の影はなくなった。
全部莉央が洗い流していってくれた。
「莉央…」
綾世は携帯を胸で握り締めた。
「今日…」
仕事を終え、マンションに帰りベッドに入ってから綾世は口を開いた。
「莉央が電話くれたとき、丁度柾之を追い返した所だったんだ」
「…え?」
莉央の腕はいつも綾世の身体を掴まえていてくれる。その温かさに溺れてしまっているんだ。
「………何言われたんです?…何もされてない…?」
「されてないよ。言われたのは…イル・ビアンコに戻ってくれ、と」
莉央はじっと綾世を見た。
「金も名声も、だって。…そんなもの僕には必要ないのに。そんなものを求めるなら最初から辞めてない」
「……あとは?何言われました?全部言って下さい」
「…奥さんと別れたそうだ。それだって僕には関係がない。あと気になったのは…店を潰してやる、って言われた事と、莉央の事を…」
「俺?」
「莉央が業者にいる事も知っていた。そして多分ここに一緒にいるのも知っているみたいだ…。莉央も店も潰してやるって…」
「潰す、ねぇ……不穏ですね」
「それが心配なんだ。僕に関してなら別にいいけど、莉央を巻き込みたくはない」
「俺はその反対。俺は別にいいけど、綾世さんが巻き込まれるのが嫌です。絶対何があっても俺から離れるという選択はなしです。絶対に。いいですか?」
「………」
でももし、莉央の会社にまで迷惑をかける事になったら…。
あいつはテレビとかで名を馳せたからどこにつてがあるか分からない。莉央の会社は大手じゃないし…。
「あのね、綾世さん?俺の会社に、とか考えてるんでしたらそん時は俺辞めますからいいですよ?綾世さんも、もし今の店が潰されたとしても、そしたら二人でもっと離れた小さな町にでも引っ越してまた店したらいいんです。俺使ってくださいね?」
軽く言う莉央を綾世は目を見開いて見つめ、そして声をたてて笑いが漏れた。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学