「……いいな。それ……。そしたらずっと一緒にいられる」
綾世が笑って言うと莉央が綾世の頬に手をかけ、ゆっくりと唇を重ねた。
「………でも綾世さんが心配です」
唇をそっと離すと莉央が眉を顰めて小さく呟いた。
「あの人メディアにも出てたし…有名で…業者内ではあんまりいい噂は聞かないですけどね…」
「うん……変わった、と思う」
「……それにしても始めは二人で始めたんでしょう?それにメニューは綾世さんがって…それなのにアイツだけメディアに?」
「僕が絶対に嫌だと言ったんだ。名前でも顔でも出るなら辞める、って言ってたから」
冗談じゃない事だった。自分が地元で言われていた事とかを蒸し返される事になり兼ねない事だから。
「メニューは後半がな。メディアで忙しくなって自然に僕が担当みたいになったから」
「……よかった。綾世さんが有名じゃなくて」
莉央が軽くキスする。
「もし…あの人、が変わってなかったら…?」
莉央が逡巡しながら呟いたのに綾世は首を振った。
「変わってなかったら友人のままだ。それにあいつとは何年もいたけど一度だって虹を一緒に見た事なんてない。莉央とはもう二度も見てるのに。…勿論、虹を一緒に見たから好きになったわけじゃないけど…」
莉央が嬉しそうにはにかみながら綾世を抱きしめた。
「虹の所為でもいいです。綾世さんが俺を特別だと思ってくれるなら」
「……特別だよ。今日だって…電話をくれた時、本当に莉央に会いたかった…。…莉央の言っていた頑なな、というのが僕の心の奥に固まった澱なら、それを溶かしたのは莉央だ。今日も柾之に会って冷えた心を戻してくれたのが莉央の電話だったから…。……僕は莉央に依存してるのかもしれない…。もう…本当に莉央がいないのなんか…考えられなくて……自分で自分が怖い位だ。全部を委ねちゃダメだと思ってるのに頼り切って救いを求めてしまっている。自分でどうにかしようなんて思えない位に……」
「いいですよ。もっと依存して?その方俺も安心するから。だって綾世さんはホントすごい人なのに…俺の腕の中いるなんて…信じられないすもん。すごいとこ抜いたって、綺麗だし、可愛いし、それだけでも俺には勿体無い位だけど…」
「そんな事ないっ…」
思わず声を上げると莉央と顔を突き合わせてふきだした。
笑える。安心出来る。幸せ。
莉央がいるならば大丈夫だと思えた。
「また予約キャンセルです」
電話を受けたバイトの子がおずおずと綾世の所に報告に来た。
クリスマスのディナーの予約が消えていく。
何が起きてるのか…?
…といってもきっと仕掛けてるのは柾之だろう。
午前中から予約取り消しの電話が鳴り始めた。
そしてまた電話が鳴っている。
「川嶋さん!ランチのパートの工藤さんからでなんか2チャンに書き込みあるって!」
そういえば客の入りも今日はイマイチだ。
「書き込み…?」
なるほど…。
メディアを利用するんだ。
それからも連日誹謗中傷の書き込みが続いて足が遠のく人。
そうすると連鎖でそれを知らない人まで足が遠のいていく。
…やはり人なんてそんなものだ。
綾世は冷笑を浮べる。
分かっていたはずだ。だからこんなことなんでもない事だ。
満席だった席は空席が目立つようになってきた。
予約は減り続け、平日の25日の分はなくなった。
22日と23日は半分まで減り、24日も最早予約はなくなりそうだ。
ちょっと離れたイタリアンレストランでカップル限定のクリスマスイベントをするらしい、とパートの人が聞いてきてどうやらそっちに流れたらしい。
それも柾之がしかけたのか?
「川嶋さん」
「うん?」
夜のバイトの杉浦くんだった。
「あの、24日予約、俺、入れてもらっていいですか?」
洗い物の仕事をしながら言ってきたのに思わずくすりと笑った。
「デート?」
「いえ!あの…ルームシェアしてる奴、と…。店に来たいって言ってたんですけど…なかなか…だから…」
「あ!それなら私も彼氏と来たいです!」
丁度食器を下げに来たバイトの子もはい、と手を上げた。
「予約いっぱいだったし無理だと思ってたから」
綾世はちょっと考えた。
どうせもう予約はないに等しい。
「……そうだな、給仕を自分達でするなら働いてくれている皆で今年の打ち上げにしようか。料金はいらない。呼ぶのは仲のいい友達、彼氏、彼女、家族限定で」
わっ!とバイトの子が喜ぶ。
かなり早いがそれで今年は仕事納めにしよう。この分では店は開けていた方が赤字になる。
悔しいが事が治まるまで時間が必要だろう。
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