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虹の指針 76

 「イル・ビアンコの一番初めの店ってどこなんですか?」
 ベッドの中で莉央が聞いてきた。


 そしてそれを皮切りに莉央が質問を投げかけてきて綾世がぽつぽつと答えた。
 修行時代に同じ店に同期で柾之と入り、意気投合。
 あのあたりは互いに自分の店を持ちたいと、夢を持っていた。
 その後二人でやろうか、と四苦八苦しながら始めた店。
 メニューで意見がぶつかったりもしたけれど納得できた。

 それが軌道に乗り始めた頃、柾之は2号店、3号店と増やすことに意欲を見せた。 
 綾世は嫌だと言ったけれど、結局は押し切られてしまった。
 綾世にとっての店はあくまで自分で作って提供するのが店だったのに、他ではそのレシピで他人が作る。


 気持ち悪かった。
 でも今度はそれがメディアに取り上げられる。
 瞬く間に広がっていった事業展開に柾之は躍起になっていった。
 店と料理には見向きもしないで、メディアと事業に熱を入れていったのだ。

 やっぱり頑として反対するべきだった。
 …いや、反対したって無駄だった。
 きっといずれどうしたって衝突は起きたんだ。

 全部を同じ考え、同じ思い、を持つ人なんていないのだ。
 分かり合おうとしていくのが普通なのに、柾之は自分の意見に異を唱えられるのを嫌った。
 それじゃあうまくいくはずなんてない。
 綾世が折れてうまくいったのだ。
 だけどそこにひずみが出来る。
 綾世に鬱屈が溜まっていく。


 それでも柾之がそう望むなら、と好きを勘違いしていた自分は意見を引っ込め、その為にさらに歪みを大きくしてしまったのだろう。
 我慢の限界にきてイル・ビアンコを去ろうとしたら柾之に引き止められた。
 柾之はもう何年も料理から離れていた。メニューは全部綾世頼り。
 ……そして二人きりになった店でヤられた。
 知っているぞ、と。抱いてやってもいい、と。
 だからいろ、と。
 柾之はもう結婚もしていたのに。
 嫌だと何度も泣いて叫んだのに、他人に触れられるのが初めての身体は欲情を見せた。
 今だったら分かる。
 なんて自分は馬鹿だったのだろうと。
 

 「綾世さん」
 莉央が綾世を抱きしめる。この腕も何もかも、莉央は綾世の事を考えている。
 考えすぎてる、と言っていいほどだ。
 「莉央……」
 昔を思い出したくない。
 思い出せばまた澱んできそうな心の中。

 救いを求めて綾世は莉央の首に腕を巻きつけて自分からキスを求めた。
 自分はこんなにもずるいんだ。
 全部を莉央に助けてもらおうとしている。
 「俺、ずるいすね……」
 唇を離した莉央が苦笑を漏らしながら言った。綾世が今自分をずるいと思ったのに莉央は自分をずるいと言う。
 「……え?」
 「綾世さんが…落ち込んでる時につけ込んで…」
 「な、に…言って……?ずるいのは僕だ……全部莉央に縋っているんだから…」

 莉央は自分のせいにする。
 「違う…莉央…僕が……」
 「いいんです…。なんでも…。俺は綾世さんが欲しい。俺がずるくたって何だって離す気なんてないですから」
 「莉央はずるくなんてない。僕が…」
 綾世が顔を泣きそうにして歪め、首を横に振ると莉央は綾世の身体を下にして強引にキスしてきた。
 「う~~ん…綾世さん?ごめんね?」

 「…なに、が?」
 「全部!俺、ホントもうどうしようもない位で…馬鹿みたいでしょ?綾世さん嫌じゃないですか?」
 「何が?」
 「だって土曜日はほとんどずっと綾世さんの店にいるし、折角の休みの日曜も俺ずっとくっ付いてて…」
 「それ、のどこが嫌に…?僕の方こそ莉央に申し訳なくて…」
 「申し訳ない?」
 莉央が眉を顰めて首を捻る。


 「僕は莉央がいてくれて安心だし、その、嬉しい、けど…莉央は折角の休みに…僕んとこで働いてるし…」
 「…………」
 二人でじっと顔を合わせ、そして莉央がぷっとふき出した。
 「……また同じような事思ってたんすかね?」
 どうにもお互いがお互いを思うのに同じ事を思っているらしい。


 すると莉央が莉央が上から綾世をじっと見つめ、口角を上げた。
 「じゃあ、今俺がなんて思ってるか分かります?」
 「し、らない……」
 綾世は顔をふいと背けるが、顔が熱い。
 「分かってるでしょ?顔赤いですもん…」
 「し、らないっ」
 「綾世さん、嘘はいけないなぁ。言って?」
 ムカツクけど、やっぱり莉央の方が余裕に見える。

 「…言ってくれないの?」
 「……欲しい!…だよっ」
 「正解です。綾世さんもそう思ってくれてたんだ…で正解だよね?」
 「しらないって!」
 「知らなくないくせに…」
 莉央の唇が綾世の首筋を辿っていくのに背中が戦慄く。
 もう後は莉央のされるがままだ。
 でもその全部は綾世も望んでいる事だった。
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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