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虹の指針 77

 莉央は綾世が不安に思う事、考えすぎている事があるとそれを先駆けして言ってくる。
 そしてそれでいつも笑って終わらせてしまうようになるんだ。
 どうしてだろう?
 こんなにも合うなんて事あるんだろうか…?
 まるで自分がもう一人いるような…。
 それは身体が繋がった時もそうだ。
 まるで足りなかった所が補われたように感じてしまうのだ。
 莉央の体温を感じ、安心して綾世は身体に熱い余韻を残しながらも満ち足りた気持ちで目を閉じた。
 莉央の手が綾世の顔、頭、身体をずっと撫でているのを感じながら…。


 店にあまり人が入らなくなって料理を作る綾世は行列が出来た時のようにてんてこ舞いはなく、余裕さえ感じる。
 そうするとどうしても色々と考え込んでしまうのが難点だ。
 綾世はイル・ビアンコの事は考えるな、柾之の事は考えるな、と自分に言い聞かせても、やはり初めて持った自分達の店。

 若く意気揚々として前途を考え期待に満ちた気持ちというのはあの時にしか思えなかった気持ちだ。
 この店を始める時はそんな期待感よりも不安感、不信感に凝り固まっていたから。
 でもあの時の溌剌とした思いを思い出せるようになったのも莉央がいてくれるからだ。
 莉央と会う前だったら柾之に会った時点で逃げ出しているかもしれない。

 そう考えると向き合おうとしている自分は強くなったのだろうか?

 いくら考えても答えなど出ない。
 夜もラストオーダーの時間で人が入っていなければ開けている必要はない。
 時間給のバイトの子達には迷惑な話だろうが店も早々に閉めてしまう。
 開店から今までが盛況すぎたんだ。予想をはるかに超した繁盛振りだった事を考えれば、今の状態でもまだ苦しいというほどではない。
 年明けてからが真を問われるだろう。
 バイトを帰し、綾世は後片付けやレジの締めなど、毎日の事を終えて携帯を手に取った。


 帰る。


 一言莉央にメールして上着のポケットに携帯をしまう。
 たった5分あるかないかの距離なのに。
 心配だと言い張る莉央に笑ってしまう。
 店の電気を消せば莉央のマンションから見えるのに。
 誰にもそんな思いを向けられたことのなかった綾世にはそれが嬉しい。
 いつも莉央が待ってくれている。
 明るい電気のついた部屋。暖かい部屋。温かい腕。
 もうどっぶりと浸かっていてそれが無くなる事などもう考えられない。

 「さむ…」
 外に出るとふる、と身体が震えた。でもほんの少しの間だけだ。
 すぐに莉央が暖めてくれる。
 本当にもう依存症と言っていいかもしれない、と綾世は薄く笑みを浮かべた。
 でもそれでいい、と莉央が言ってくれるんだ。


 「川嶋」
 搬入口に鍵をかけていた綾世はびくりと身体を強張らせた。
 そして呼ばれた声にゆっくりと後ろを振り返る。
 やはりそこには柾之が立っていた。
 夜の暗い街灯でも分かる位にこけた頬。
 疲れ果てた顔。
 それなのに目だけが異様な力を放っていた。
 道路にエンジンがかけっぱなしの車が止まっている。

 「車に乗れ」
 「…何故?僕は話もなにもないと言った」
 にやりと柾之が冷たい笑みを浮べ、自分の携帯を綾世に見せた。
 「何?」
 綾世は眉間に皺をよせる。
 「あのお前と一緒にいる業者の会社が賞味期限切れの物を売ってたのは知っているか?」
 「…何?」
 「この電話にその売られた相手の番号が入っている。そして俺が連絡を入れたらマスコミに発表するように言ってあるんだ」
 ふふふ…、と柾之がさもおかしそうに笑い出す。


 「あんな小さい地元業者じゃ…どうなるか、なんて分かるだろう?」
 数年前の食品偽造や一連の報道の事が綾世の頭をよぎる。
 柾之が言っているのが本当かどうかなど知らない。けれど柾之なら金で雇ってでもそういう事をさせそうだ、とも思う。
 実際に莉央の会社がやっていない事だとしても、一度そんな噂が出てしまえばそれだけで莉央の会社が大打撃になるのは目に見えている。


 莉央…。
 綾世は心の中で莉央を呼んだ。
 「乗れ」
 綾世は小さく溜息を吐き出して柾之の車の後部座席に乗り込んだ。
 前と変わらない国産の高級車。何度か乗った事はあったけどその時は助手席だった。
 綾世は黙って車に乗り込むとポケットに入っている携帯に触れた。
 きっと遅いと莉央は電話をかけてくるだろう。マナーモードにしているから着信音は出ないはず。
 手探りで、かかってきたら通話にしておけるようにと携帯を手で確かめる。
 「あの男の為になら何もないと言いながらこうしてついてくるのか…」
 柾之がくくっと笑いを漏らし、車を静かに発車させながら呟いた。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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