どこに向かっているのか?
でもまだ莉央から電話がかかってきてないので聞けない。
「随分おとなしいな?」
「…別に。話す事なんてないと言っただろ」
心の中でずっと莉央に助けを求めている。
莉央、早くかけてこい…。
ヴ……と携帯が震えたのに綾世は慌てて手の感覚で携帯を触る。
振るえが止まったので通話になっている、はず…。
「どこに…?」
少し声を大きめに出した。
莉央に聞こえてるだろうか?
莉央のマンションからもう大分離れてしまった。
莉央、と呼びたい衝動を抑える。
「……もう少し行けば分かるだろう」
携帯の電池がもつようにと祈るしかない。
道に見覚えがある。
「イル・ビアンコの…1号店か」
柾之は答えないまま車を止めた。
「下りろ。…懐かしいか?お前が出て行ってからまだ1年も過ぎちゃないが」
柾之が後部座席のドアを開けて綾世の腕を引っ張った。
ポケットから、携帯からは綾世はもう手を離していた。
携帯が生きているのか、莉央と本当に繋がっているのか綾世には分からない。
心臓が嫌な音をたてて動悸している。
「懐かしい…?遠い昔の事…店を開いたばかりの頃なら懐かしいが、今のここにそんな感情は湧かない」
「うるさいっ!」
柾之の感情的な声に綾世はびくりと肩を揺らす。
柾之に掴まれた腕にももはや嫌悪しか感じない。
人が変わっただけじゃない。自分も変わったんだ、と綾世は思い知った。
でも自分は悪い風にではない、と信じている。
だって信じられなかった人が今は莉央を信じる事が出来る。
どこか諦めきった所があったのに、今はそうじゃない。
莉央…。
莉央がきっと慌てて迎えに来てくれる事を信じて。
イル・ビアンコの搬入口から柾之に引っ張られ、中に連れ入れられる。
ぱっと電気がついて綾世は驚いた。
「柾之…ここはもう、ないのか…?」
息が詰まった。
店の外からもどこか退廃した雰囲気は感じたが、中に入ってみたら愕然とした。
今の綾世の厨房よりずっと広い厨房ががらんとしている。
綾世は柾之の腕を払い、ホールに足を向けた。
あんなに活気のあった店がもう屍同然のように感じた。
「ここは一番に手放した。川嶋が去ってからあっという間に客は離れ、経営は苦しくなってな」
「一番に!?違うだろう!ここから始まったんだ!他のどこを手放してもここを手放しちゃいけなかったんだ!僕はお前のそういう所と絶対に合わない!」
「ここは一番売り上げが悪いんだ!そこを手放すのが普通だろう?」
「普通…?」
綾世はふんと鼻を鳴らした。
「柾之の普通と僕の普通は違う。僕だったらどこを手放してもここだけは残す。そしてもう一度始めからやり直そうとするだろう。…それだから、お前とはもう相容れないと思ったから僕はイル・ビアンコを出たんだ」
「戻れ!まだ間に合うんだ!」
「…戻らない。僕はすでに自分の店がある」
柾之が近づいてきた。
「客が入ってないだろう?んん?クリスマスも?」
くすくすと柾之が勝ち誇ったように笑った。
「それが?それでも来てくれる人はまだいる。店の従業員もついてきてくれている。だから僕は信じている」
「何を言っている!?もう終わりだろう!?」
「終わりなのはイル・ビアンコだろう?いったいお前は何をしているんだ?ここがこんな状態なのに僕の事にかまけている暇などないだろう!」
「川嶋が戻ってくればいい事だ」
綾世は頭を横に振った。
どこまでいったって平行線を辿るしかないんだ。
「僕は今の自分の店がもしなくなったとしたってイル・ビアンコに戻る気などない。まして柾之と一緒になんてとても無理だ。考え方がどうしたって違うだろう?一緒に考えて納得した事ならいい。でも今までだって柾之は勝手に決めていってた。僕の言う事なんて何一つ聞かないで。それでも僕はイル・ビアンコを…ここをなくしたくなかったから我慢していた。初めての店だ。ここが一番思い出が詰まっている。……そこを一番に手放す?売り上げが悪いから?それだけで?……だから無理なんだ。戻る気などない」
「川嶋!」
柾之が綾世の腕を掴んだ。
「離せっ!僕に触るなっ!」
「何を言っている?あんなに可愛がってやったのに?」
柾之が下卑た笑いを浮べた。
「男が好きなお前をさんざん抱いてやっただろう?」
「頼んでなどいない!」
「よがっていたくせに!」
莉央…聞くな!
綾世は自分の耳を塞ぎたくなった。
違う!そんな事はない!
「川嶋」
柾之の綾世の腕を掴む手に力が入った。
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