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虹の指針 78

 どこに向かっているのか?
 でもまだ莉央から電話がかかってきてないので聞けない。

 「随分おとなしいな?」
 「…別に。話す事なんてないと言っただろ」
 心の中でずっと莉央に助けを求めている。
 莉央、早くかけてこい…。
 ヴ……と携帯が震えたのに綾世は慌てて手の感覚で携帯を触る。
 振るえが止まったので通話になっている、はず…。


 「どこに…?」
 少し声を大きめに出した。
 莉央に聞こえてるだろうか?
 莉央のマンションからもう大分離れてしまった。
 莉央、と呼びたい衝動を抑える。
 「……もう少し行けば分かるだろう」
 携帯の電池がもつようにと祈るしかない。
 

 道に見覚えがある。
 「イル・ビアンコの…1号店か」
 柾之は答えないまま車を止めた。
 「下りろ。…懐かしいか?お前が出て行ってからまだ1年も過ぎちゃないが」
 柾之が後部座席のドアを開けて綾世の腕を引っ張った。
 ポケットから、携帯からは綾世はもう手を離していた。
 携帯が生きているのか、莉央と本当に繋がっているのか綾世には分からない。

 心臓が嫌な音をたてて動悸している。
 「懐かしい…?遠い昔の事…店を開いたばかりの頃なら懐かしいが、今のここにそんな感情は湧かない」
 「うるさいっ!」
 柾之の感情的な声に綾世はびくりと肩を揺らす。


 柾之に掴まれた腕にももはや嫌悪しか感じない。
 人が変わっただけじゃない。自分も変わったんだ、と綾世は思い知った。
 でも自分は悪い風にではない、と信じている。
 だって信じられなかった人が今は莉央を信じる事が出来る。
 どこか諦めきった所があったのに、今はそうじゃない。


 莉央…。
 莉央がきっと慌てて迎えに来てくれる事を信じて。
 イル・ビアンコの搬入口から柾之に引っ張られ、中に連れ入れられる。
 ぱっと電気がついて綾世は驚いた。
 
 「柾之…ここはもう、ないのか…?」
 息が詰まった。
 店の外からもどこか退廃した雰囲気は感じたが、中に入ってみたら愕然とした。
 今の綾世の厨房よりずっと広い厨房ががらんとしている。
 綾世は柾之の腕を払い、ホールに足を向けた。
 あんなに活気のあった店がもう屍同然のように感じた。


 「ここは一番に手放した。川嶋が去ってからあっという間に客は離れ、経営は苦しくなってな」
 「一番に!?違うだろう!ここから始まったんだ!他のどこを手放してもここを手放しちゃいけなかったんだ!僕はお前のそういう所と絶対に合わない!」
 「ここは一番売り上げが悪いんだ!そこを手放すのが普通だろう?」
 「普通…?」
 綾世はふんと鼻を鳴らした。

 「柾之の普通と僕の普通は違う。僕だったらどこを手放してもここだけは残す。そしてもう一度始めからやり直そうとするだろう。…それだから、お前とはもう相容れないと思ったから僕はイル・ビアンコを出たんだ」
 「戻れ!まだ間に合うんだ!」
 「…戻らない。僕はすでに自分の店がある」
 柾之が近づいてきた。

 「客が入ってないだろう?んん?クリスマスも?」
 くすくすと柾之が勝ち誇ったように笑った。
 「それが?それでも来てくれる人はまだいる。店の従業員もついてきてくれている。だから僕は信じている」
 「何を言っている!?もう終わりだろう!?」
 「終わりなのはイル・ビアンコだろう?いったいお前は何をしているんだ?ここがこんな状態なのに僕の事にかまけている暇などないだろう!」
 「川嶋が戻ってくればいい事だ」


 綾世は頭を横に振った。
 どこまでいったって平行線を辿るしかないんだ。
 「僕は今の自分の店がもしなくなったとしたってイル・ビアンコに戻る気などない。まして柾之と一緒になんてとても無理だ。考え方がどうしたって違うだろう?一緒に考えて納得した事ならいい。でも今までだって柾之は勝手に決めていってた。僕の言う事なんて何一つ聞かないで。それでも僕はイル・ビアンコを…ここをなくしたくなかったから我慢していた。初めての店だ。ここが一番思い出が詰まっている。……そこを一番に手放す?売り上げが悪いから?それだけで?……だから無理なんだ。戻る気などない」

 「川嶋!」
 柾之が綾世の腕を掴んだ。
 「離せっ!僕に触るなっ!」
 「何を言っている?あんなに可愛がってやったのに?」
 柾之が下卑た笑いを浮べた。
 「男が好きなお前をさんざん抱いてやっただろう?」
 「頼んでなどいない!」
 「よがっていたくせに!」
 莉央…聞くな!
 綾世は自分の耳を塞ぎたくなった。
 違う!そんな事はない!
 「川嶋」
 柾之の綾世の腕を掴む手に力が入った。
 
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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