「佳奈とも別れた。それなら戻ってきてもいいだろう?」
柾之がいやらしい笑みを浮べうのにぞっとする。
「僕には関係がないと言ったはずだ!」
「関係ない?はっ!何を言う!?お前がいたから佳奈ともおかしくなったんだ!」
「僕の所為にするなっ」
逃げたい…。
「お前が誘ったんだ」
「誘ってなんかない!」
また言われるのか…。今までも言われ続けた事を。
綾世にはそんな気などさらさらないのに。
「誘ってんだよ。ここで働いていた奴らも言ってたしな。川嶋が誘っているようだって」
「そんな事してないっ!」
「それなのにされれば腰振るのか?」
柾之が声を高く上げて笑っている。
「してやろうか?俺もそういや溜まってるなぁ…」
にやにやとした笑いに綾世は顔色を変えた。
「離せっ!嫌だっ!」
つかまれている腕を振り解こうを綾世は必死になった。けれど、柾之は筋肉質で細い綾世など非力だった。
「莉央!莉央!…」
莉央を呼んだ。
「あの、業者の男か!?…ふぅん…本当に男なら誰でもいいんだな?」
「違うっ!お前となんかしたいと思った事などなかった!」
綾世は柾之をぎっと睨んだ。
「他の誰ともそんな事思った事もない!莉央っ!!」
「うるせぇんだよ!淫乱のくせに!してやるって言ってやってんだろ!イル・ビアンコに戻ったらいくらでもしてやる。金もやろう。な?川嶋戻ってくれるだろ?」
「絶対嫌だっ!莉央っ…」
「呼んだって来るはずないだろう?ここにいるなんて知りもしないだろうから…ん…?」
その時ばたんと裏の搬入口の開く音がした。
莉央…か?
「綾世さんっ!」
「り、おうっ!」
虚をつかれた柾之の腕から逃れて綾世は莉央に駆け寄った。
「遅くなりました!何もされてない…?」
「…され、てない…莉央、莉央…」
莉央の髪が乱れている。額にも汗が滲んでいて表情は強張っていた。
それでも莉央の腕が綾世をしっかりと抱きとめてくれ、綾世も莉央の首にぎゅうっとしがみついた。
「もう、大丈夫ですよ」
「ん…莉央……」
帰られないかと思った。莉央の元に戻られないかと思った。
張り詰めていた綾世の気が莉央のおかげで解けて涙が溢れてくる。
「あらら…ほら、だから俺、迎えに行くって言ってたのに…」
柾之の存在など無視して莉央が綾世に優しく話しかけてくるのにまた泣けてくる。
「…そこの男、不法侵入だろう?」
「何言ってんです?そっちは誘拐でしょうが」
「誘拐?自分の意思で車に乗ったんだから誘拐じゃないだろう?」
柾之の苛立ちを含んだ声に綾世がびくりと身体を竦めた。
莉央の腕はずっと綾世を強く抱きしめてくれていて、さらに身体を竦めた綾世を安心させるためにか優しく背中を叩いてくれて綾世はそれに縋ってしまう。
「綾世さんは顔上げないで、泣いてていいですからそのまま俺にくっ付いててください」
こくこくと綾世は頷いた。
「おい男、川嶋は男なら誰でもいいんだぞ?残念だな」
くくっと柾之が笑っている。
莉央ははぁ、と大きく溜息を吐き出した。
「そんなわけないでしょう。あんた一体綾世さんのどこ見てきたわけ?まったくもって全然綾世さんの事なんか知らないくせに」
「おまえこそまだ川嶋と知り合って間もないくせに何を知っているって言うんだ!?ああ?俺はもう何年もいるんだ」
「いたんだ、です。しかもただいただけで全然綾世さんの事なんて理解しようともしてないでしょ。知ってたら誰でもいいなんて言葉出てきませんよ。……こんな可愛い人いないのに。ね…?」
莉央が綾世の頭にキスしてるのが分かった。
一体人前で何やってるんだ、コイツは。
「川嶋から誘ってきたんだ!」
「だから!そうじゃないでしょう!アンタが綾世さんを好きだったんだ。プライドが高いアンタはそれを認めないから全部綾世さんのせいにしてんでしょ?結婚してたんですって?それで別れた?別れて綾世さんとより戻そうって?」
「違う!俺は川嶋など何とも思っていない!」
「何とも思ってなくて元々男が好きでもないのに男とセックス出来ないでしょうよ。俺だったら綾世さん以外は絶対無理」
ね?とまた莉央が綾世の頭にキスする。
ね、と言われても…。
綾世はただ何も言わないで莉央にしがみついていた。
「まぁ、もし今更アンタが綾世さんを好きだったと認めたとしてもすでに綾世さんは俺のモノですからあげませんけどね」
ちらっと莉央の顔を見上げると莉央が挑戦的に柾之を睨んでいた。
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