今から帰ります、と莉央からメールが来たのはいつもより遅い時間。
気をつけて、と綾世はすぐにメールを返した。
日中も莉央からは電話もメールも来なかったのでかなり忙しかったのだろう。
もうすぐ莉央が帰ってくると思うと落ち着かなくて綾世はし忘れた事はないかと確かめながら、部屋をうろうろと歩き回る。
ご飯が先か?風呂か?
…と思った所で恥かしくなった。
だから!新婚か!?自分で突っ込む。
もう3ヶ月も一緒にいるのにまだこんなに気持ちが浮ついてどきどきしている。
だって綾世が莉央の帰りを待つなんて初めてだ。
綾世は莉央のメールをもう一度開く。
莉央が帰る時メール下さいと言う気持ちがなんとなく分かった。
いっぱい食べる莉央はきっとお腹がすいてるに違いない。
日曜日だって綾世が用意するけれど結局いつも莉央も一緒に立つから、一人で全部用意、というのも初めてでちゃんと美味しく出来てるかまで不安になってくる。
落ち着かなくてあちこち料理の味見をしているとがちゃんとドアの鍵の開く音がした。
綾世は慌てて玄関まで出て行った。
「ただいま」
「…お帰り」
いつもと逆が照れくさい。
莉央の手にはケーキ。…ケーキ?
あ!
すっかり綾世は自分の誕生日を忘れていた。
綾世の顔を見て莉央は分かったらしい。
「やっぱ外出た方よかったかな」
「ううん。別にいい…莉央、お帰り」
「…ただいま」
もう一度繰り返す。なんかいつもと反対で落ち着かなくて…。
そして莉央がケーキを持ったまま綾世を抱きしめた。
「誕生日おめでとうございます」
莉央が綾世の耳元に囁いてキスする。
「…ん。ありがとう」
「朝も言ったんですけど?」
「そういや…聞いた。多分それで満足だったんだと思う」
莉央が何度も軽くキスする。
「欲ないんだから。……綾世さんがウチで待っててくれるっていいですね」
「ん……僕はいっつもそれが嬉しくて…。莉央が待ってる、と…だから莉央にも待っていたかったんだ」
「…綾世さん。あ~~~~!帰ってきて早々にだめです」
「ダメ?」
ぱっと莉央が綾世を離した。
「着替えてきます。これ、ケーキ、はい」
ケーキを綾世に渡して莉央は上着に手をかけながら着替えに消えた。
莉央が上着を脱いだときに綾世の送ったタイピンが見えたのに、ちゃんと身に着けてもらえるというのがこんなに嬉しいものだというのも綾世は初めて知った。
本当に自分はよほど経験値が足りない、と綾世はちょっとばかり情けなくもなったけど。
どれもこれもが初めてだらけだ。
柾之のあれは付き合ったとは違うだろうから…。
「莉央…」
綾世はケーキをテーブルに置いて莉央を追いかけた。
「今日柾之と会った」
「えっ!!!」
着替えてた手を止めて莉央は慌てて綾世に駆け寄ってきて肩を掴んだ。
「なんともないですか!?」
「ないよ。別に外でちょっと話をしただけだ。イル・ビアンコがなくなって、もう一度始めからやり直すって。それだけだ」
ほうっと莉央が息を吐き出す。
「それならいいですけど…」
といいながらも莉央の顔は面白くなさそうだ。
「莉央?」
「…なんです?」
「……面白くない?」
「当たり前です。それでもあの人はいくらか綾世さんの中で特別でしょ?」
「……まぁ、莉央に対してとは違うけど」
綾世が認めればむっと莉央が口を結ぶ。
「…………心配」
「何が?」
はぁ、とため息を吐き出しながら莉央が綾世の肩に頭を乗せてくるので、その髪を撫でた。
仕事の時はスプレーで固めてるから休みの日よりごわっとしている。
「だって綾世さんイル・ビアンコで三ツ星も取ったくらいの人ですよ?俺なんかといいのかなぁ…」
かちんときて綾世は莉央の頭を軽く叩いた。
「莉央しかいらないって、僕が言ってるのに、何言ってる」
「ん~~~、や、だって、ねぇ…あ…しまった。着替えるのもうちょっと待てばよかったな」
部屋着のスウェットを着た莉央が頭をかいた。
「こんな格好でしまりませんが、これ…」
クローゼットから小さな箱を莉央が出してきた。
「?」
手渡されたのに綾世は首を傾げた。
「誕生日プレゼントです」
「え!いいよ!」
「いいよ?…いらない、ですか…?」
「あ、いや…」
だってマフラーも貰ったのに。
「クリスマスと誕生日、別です。俺だって貰ったんですから」
開けて?と促されてそっと包みを開けるとフェザーの形のシルバーのペンダントが出てきた。
「これ、気に入ってたでしょ?」
「あ……、ん…」
一緒に買い物に出かけた時だ。買おうか迷ったけど結局買わなかった。形がかっこいいなと気に入ったけど自分に合うはずないと思って。
「マフラーは冬だけだけど、それならずっとつけていられるでしょ?」
「ん……ありがとう」
莉央は綾世の事をちゃんと見ていてくれる。
「つけてあげます」
莉央の大きい手が優しく綾世の首に回った。
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