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熱抱擁 amoroso~愛情豊かな~5

 「宇多さん、社長室に呼び出しです」
 「…え?」
 瑞希は退職届が受理され、仕事の引き継ぎで忙しくはあったけれど、これからは宗と一緒にいられる事に嬉しさは隠せなかった。

 そんな中での呼び出し。
 宗のお父さんから。

 全部の事情を知っているのは上司の清水と同期の斉藤、そして直属ではないけどやはり上司の岩国。
 営業で忙しいけれどたまたま皆揃っていて3人が瑞希をちろりと見た。
 他の人は社長の息子の宗と瑞希が付き合ってるなんて知らないのでひきとめられるのかな?とか、社長から直接声がかかるって、とか囁いているのが聞こえた。

 「ええと…今?」
 「時間があれば、と言われましたけど」
 電話を受けた営業事務の女性が伝えてくれたのに瑞希は頷いた。
 「………行ってきます」
 引継ぎをするのは入社3年目の渡くんだ。渡はすごい、と言わんばかりの視線を瑞希に向けてくるのに苦笑が出そうになる。
 

 エレベーターで社長室のある30階まで昇っていく。
 ふぅ、と吐息を吐き出して気持ちを整える。
 宗のお兄さんのコンサートに行った時など個人的に会うのも偶にはあったけど、こうして宗のお父さんと二人で、は初めてだ。
 同じ会社にいても宗のお父さんは雲の上の人。
 声をかけられることは何度かあったけれどそれは衆人の前なので本当に些細な事だけだった。

 「営業部の宇多です」
 「社長がお待ちです」
 受付?秘書?の人に伝えるとどうぞ、と瑞希は社長室に通された。


 広い部屋の大きな机に座っていた。
 オーラが違う。宗も人を惹きつけるけれどお父さんの風格は帝王といっていいのものだ。宗はまだなりたて王様位か?
 「失礼します」
 「こっちに」
 社長が机から立ち上がってソファセットの方に瑞希を誘った。

 「退職届を出したと聞いたが?」
 「…はい」
 「ここをやめて宗の所に?…宗からしばらく前には聞いていたが」
 「……はい」
 重厚なソファに腰かけながら瑞希は頷いた。

 コン、とノックの音がして会話は一旦止める。
 秘書なのだろう、受付にいた女性とは別の女性がお茶を運んで来た。
 客でもないのだからいいのに…と思いながら頭を下げる。
 秘書がいなくなったところでまた宗のお父さんが口を開いた。


 「宗は一応は順調みたいだな」
 「はい」
 瑞希は笑みを浮かべた。
 お父さんもちゃんと宗の事は心配してたのだろうか?
 宗は前は確執があったらしいような事を言っていたけれど。

 …いいけど、この話題はプライヴェートだろうか?仕事だろうか?
 ちょっと疑問に思ったら宗のお父さんがくっと笑った。
 「君はもうすぐウチの会社を辞めるんだ。プライヴェートを出しても構わんだろう」
 悪戯っ子のような顔で宗のお父さんが笑ったのに瑞希は驚いてそしてくすっと笑った。
 やっぱり宗のお父さんだ。かっこいい。
 「ああ、これを渡しておこう」
 「?」

 名刺を一つ出してきた。
 名前と携帯の番号とメアドだけ。
 肩書きも何も書いてない。
 「これは?」
 「私のプライヴェート用だ。数える位の人にしかこれは教えていない。いつでもかけてきなさい。明羅くんにも教えてあるんだが、チケットの時しかかけてよこさないんだ」
 ちょっと拗ねたような言い方。可愛い。

 「あ、でも…その、俺に…?」
 「………明羅くんより君の方が危ういからな」
 危うい…?
 「…君は施設育ち、だな?」
 「……はい」
 瑞希は不釣合いだと言われるかのかとこくりと唾を飲み込んだ。
 「親は?」
 「…知りません」
 「全然?」
 「……はい」
 ふっと瑞希は顔を俯けた。お父さんに宗には不釣合いだ、去れと言われたら瑞希はきっと逃げ出すだろう。

 「顔を上げなさい」
 え?
 瑞希は顔をあげて宗のお父さんを見た。まっすぐな強い視線。何者もを従わせる目だ。
 「だから、それを。何かあったらかけてよこしなさい。いいね?」
 ……え?
 宗のお父さんの目がさっきと打って変わって優しい。
 「君は抱え込みすぎるようだ。もっと自信を持ちなさい。………まったく宗なんかのどこがいいのか…。明羅くんは怜だし…」
 ぶつぶつと舌打ちしながら呟いている。
 「え、と…お父さん…?」
 「うん?なにかな?」
 宗のお父さんから満面の笑みが返ってきた。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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