「宗…」
「うん?」
夕飯の時に宗に話しかけた。
「これ、もらった、んだけど…」
お父さんから貰った名刺を出して見せた。
「ああ、親父の?それ大事にしといたほういいぞ。俺だって知らねぇ番号だから」
「は?」
「……ああ、なるほどな。瑞希が会社辞めるからか」
宗がくっと笑った。
「あのくそ親父、何考えてるんだ?息子のヨメにだけ教えるっておかしくないか?それ、桐生も知ってるだろ?」
「う、うん…らしいね」
「ガンガンかけてやれ…あ、いやそれだとかえって喜ぶのか…?」
息子のヨメ………。
「よ、よ……」
「うん?」
瑞希は青くなった。
「……嫁?」
「だろ?………ああ、いや、まだだな」
宗がちょっと考えて首を横に振ったのに瑞希は不安になる。
嫁にも驚くけどそれをまだ、と言われるのも、自分はまだ足りないのか?
ダイニングテーブルに並んで座っている宗が手を伸ばしてきて瑞希の身体を抱きしめてくる。
「ちゃんとプロポーズしてないからな」
「……はい?」
「そのうち言うから断るなよ?」
「い、い、いい」
瑞希はふるふると頭を振った。すると宗がむっとした顔をした。
「なんで!?」
「だ、だって…俺、こうしてられるだけでいい、よ」
「それはそれだろう。今言ったっていいけど、それだとあまりにもおざなりだからちゃんとする。別に結婚式挙げられるわけじゃないけど……」
そう言って宗は瑞希をじっと見た。
「あの、ね…だから別に何しなくてもこうしていられるなら、いい、んだ」
「………瑞希はそう言うだろうけど、な」
宗が肩を竦め、そして瑞希の耳元にキスする。
「本当…瑞希って変わんないな」
「それ、いい意味で?」
「当たり前だ。可愛い」
そのまま瑞希の顔のあちこちにキスしてくる。
「だめ。ちゃんと食べて?」
「食うよ。折角瑞希が作ったんだから。瑞希が作ってくれるのが一番美味しい」
こういう所が宗に敵わないと思う。その言葉がどんなに瑞希を喜ばせるか宗は全然分かっていないんだ。
「宗…」
キスしたくなって瑞希から顔を向ければ宗が瑞希の頭を押さえて唇を重ねる。
「なんだ?ダメって言ったのに」
「…うん。だって宗…嬉しい事言ってくれるから…」
「嬉しい?」
どれがだ?と宗が頭を傾げてる。だからこそ素で本当に思っていることだと分かるんだ。
やっぱりどうしたって瑞希には宗が必要だ。
だって宗がいるだけでこんなにも心も身体も温かいんだから。
「ううん!食べて。怜さんに教えてもらったんだ」
「…あっそ。あいつらまだ帰ってこないのか?」
「まだ。来月終わりごろだよ。お父さんにも聞かれた」
宗が苦笑する。
「すごいよね…ふたりで世界中あちこちって…」
「桁が違いすぎる。俺なんかコンサートとか見てて、あんな神経がおかしくなりそうな事したいなんて思わないけどな…。俺はつくづく凡人だろ」
「……宗は全然凡人とも違うと思うけど」
そもそも比べる人が間違っている。
宗が自分で比べる人がお父さんだったり、お兄さんだったりするからきっと宗は自分が凡人だと思ってるんだ。
全然違うのに。
でもそれが可愛いとくすっと笑ってしまう。
「…瑞希も世界中飛ぶような奴の方がいいか?」
「え?そんなわけないでしょ。俺は俺の作ったご飯美味しいって言ってくれて並んで座ってるのが一番幸せな時間だけど?」
仕事してる時もなんでも宗はかっこいいけど、こうしている時間だけは瑞希だけのものだ。
だから家にいる時間が一番好き。
誰の目もない。
宗と瑞希しかいない時は宗の全部は瑞希のものだから。
「瑞希…が悪い」
「え?」
「可愛い事ばっか言うから全然食事進まなくて瑞希ばっか欲しくなる」
宗が瑞希の身体を抱きしめたままでキスを何度もする。
そんな事言われたら瑞希だって宗が欲しくなってるけど…でもそれだと後が大変なのでやっぱりダメだ。
「明日休みなら今でもいいけど、やっぱりダメ。片付けとかできなくなるから」
「…………」
宗がちろりと瑞希を軽く睨み、そして仕方ないと言わんばかりに溜息を一つつく。
「……じゃ後でな」
「……うん」
瑞希が宗の首に腕を回して軽くキスすれば宗が満足そうに笑みを浮かべた。
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