瑞希の退社の月末の金曜日に瑞希の送別会が行われる事になった。
「じゃあ、俺も仕事して瑞希の終わる時間に合わせて迎えに行く」
「……ん」
いつも瑞希が会社の何かで飲み会があると宗が迎えに来てくれた。
何度もいいと断ったけれどいつも押し切られ宗は迎えに来てくれる。
「飲み会の迎えも最後かな?後は一緒だからな」
くくっと宗が楽しそうに笑った。
「やっと安心出来る」
「?」
「瑞希の飲み会は苦痛だったな」
「…だからわざわざお迎えなんていいのに」
「ばか、そうじゃない。迎えが苦痛なわけないだろうが。瑞希が俺の知らない奴らと一緒にいるのが苦痛なんだ。それも終わるかと思うと嬉しいが」
本当に嬉しそうに宗が笑ってる。
そんな事…。
瑞希にとって宗以外の人はただの人なのに。
でも嬉しい…。
「なんで、宗はいつも俺が嬉しいって思う事ばっかり言ってくれるんだろ…?」
「うん?どこが?」
朝出勤の為の車の中。
宗が運転して瑞希を会社に送って行ってそして自分の会社に向かう。
今まではこうだったけれど、今度からは瑞希の運転で一緒に通勤になるだろう。
車は宗のだ。
瑞希のミニは休みの日とか遊びに行く時などで出番が回ってくる。
小さいミニに宗が狭そうに乗っているのを見てるのが瑞希は好きだ。ミニのおかげで宗と出会ったと言っていい位で、瑞希も宗もミニは大事に乗っていた。
「金曜飲み会…土曜か日曜どっか出かけるか?」
「…何処に?」
「何処がいい?」
何処がいい?と聞かれても瑞希は困る。宗と会うまでは遊びに行くなんて事もなかったんだから。
「…海がいい」
「もう9月終わるんだから入れないのに?」
「うん。眺めるだけでいいから」
何度か宗が連れて行ってくれた。なんでもない時間が凄く贅沢だと思える時間だった。
隣に宗がいてただ海岸線を歩くだけでも嬉しい。
「じゃそうするか」
宗だったらそんな無駄な、と言いそうな気がするけれど、でもそんな事は言わない。宗は瑞希がそういう何でもない事が好きなのを知っているから。
優しい、と思う。
なんでも瑞希のいいようにと考えてくれているのが分かる。
それなのにいつも瑞希の中には不安が巣食っているのだ。
今はいい。
でも明日は?明後日は?一ヵ月後は?一年後は?
…そう思いながらすでに宗と一緒に住んでから6年が経とうとしている。
分かっている。
もっと宗を信じていいと。いや、信じていないわけじゃない。
それでも不安を全部拭いきれない。
「瑞希?」
「え?あ、何?」
「何考えてた?」
宗が運転席から瑞希を見ていた。
最近はますますかっこよくなったと思う。
絶対女の人にもてるはず。
宗はあんまり会社関係の招待などにも出ない。よっぽどでない限りそういうのに出席するのは坂下さんだ。
そもそも宗はあまり表に出ない。
そのおかげでNDの若社長が出るというパーティなどは宗見たさに人が集まるとまで言われてるなんて、宗は知っているのだろうか?
本当に普通じゃないよ、と瑞希は思うのに本人は凡人だって言うんだから。
くす、と瑞希が宗を見て笑った。
「なんだ?」
「ううん。宗、…そのままでいてね?」
宗が片眉を上げた。
「このままか?もう少しなんに対してもスキルアップしたいところだけど?」
「俺は十分だと思うけどな…。それ以上になったらお父さんとか、怜さんみたいになりそう…」
すると宗は嫌そうに顔を歪めたので、それにまた瑞希は笑ってしまった。
そうなったらきっと瑞希では不釣合いだ。
今でさえ宗に自分は勿体無いと思うのに。
こうして一緒にいられるのは全部宗のおかげだ。親にも捨てられた瑞希を欲しいと言ってくれているから。
そんな事言うのは宗だけ。
優しい人だって親切な人だっている。けれど宗みたいに瑞希の全部を受け止めてくれる人なんていない。
「宗……」
「うん?」
ううん、と瑞希は首を横に振った。自分の思いは重過ぎる。自分でもよく分かっている。瑞希の全部は宗の為だけにあるんだ。
それでいい。
「送ってくれてありがとう」
「ああ、いってらっしゃい。じゃ、夜、な」
「うん」
会社の前でキスなんて出来ないから車の中で手を絡め、宗の体温を確かめてから瑞希は車を降りた。
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