「おや?」
「これからも是非よろしくお願い致します」
瑞希が頭を下げた。
「引き抜きですか?」
TSDホールディングスの社長、武藤が宗を見て意味ありげに笑みを浮べた。
「引き抜き、というのとも厳密に言えば違うのですが、世間的にはそうなるでしょうね」
宗も悠然と笑みを浮べる。
武藤は瑞希よりも年上だろう。それでも社長にしたらずっと若い。
たたきあげで実力で社長の座に上がったらしいことを考えればその能力は計り知れない。
「これからはNDベンチャーキャピタルの宇多くんですか。しかもCIO。これは是非よろしくお願いします」
武藤がそっと瑞希の手を取るのに宗の眉がぴきっと跳ね上がったのが瑞希も分かる。
瑞希はやんわりとその手を離し、何事もなかったようににこりと笑みを作る。
「是非に」
「…………あれとは絶っ対!に二人でなんか許さないからな!取引なしに…」
「宗。それはダメ。今一番伸びてるといっていい会社だ」
「……分かってるよ。…手、あとで消毒しとけ。殴ってやろうかと思ったぞ」
宗が怒ったように言い捨てるのに瑞希は嬉しくてはにかむ。
「お前も!触らせるんじゃない!」
「…別にあれ位」
「瑞希!」
瑞希は肩を竦ませる。
「それより、宗、TSDはいいとしてその前に行ったアクセルコーポレーションとの取引ってどうなってる?」
「ん?ああ、あれはもう契約を切る予定だ。…どうした?」
「それならいいけど」
「…瑞希も気付いたか?」
「まぁ、そりゃね。…危ない、でしょう?」
「ああ。まだ今すぐってわけじゃないけどな」
やはり、と瑞希は頷いた。会社に訪問するとその会社に勢いがあるか落ち目かよく分かる。
「さすが瑞希クン」
「……おちょくらないで下さい」
車の中でいつも宗は軽口をたたく。けれど話している内容にやはり宗は凄いと思うしかない。
きちんとプライヴェートと仕事を分けている。
瑞希は宗といると全然それが出来ないのに。
ちょっと悔しくて宗をちろりと睨んだ。
「なんだ?」
「ううん…宗には敵わないなって」
「そりゃ当然だ。瑞希を引っ張っていかなきゃないのに瑞希より無能じゃいけないだろう」
くっと宗が笑う。
「……4つも下のはずなのに」
「気にするな」
「気にはしてないよ。宗は宗だから……ってまた気が抜けてるし」
はぁ、と瑞希は溜息を吐き出す。
どうしても宗と二人だと気を張り続けるのが難しい。
「それでいいだろう。俺といる時だけは安心していいから」
宗が嬉しそうにしているのでいいか、と瑞希も思ってしまう。
「……宗、じゃなくて家でも呼び方CEOにしようかな。そしたらうっかり宗、なんて呼ぶ事なくなるだろうし」
「やめてくれ!」
宗が嫌そうに顔を顰めるのに瑞希が笑った。
「瑞希と挨拶回りで各会社を回ってきたがやはりアクセルコーポレーションとは今月で切る」
「しかし…」
坂下が逡巡を見せ瑞希を見た。
会議室にいるメンバーは会社で最高の地位を有するもの。
瑞希も勿論その中に入っている。
挨拶周りも無事に終え、瑞希も入っての初めての会議だ。
「私が見た限りでもCEOの意見に賛成です。出来れば早ければ早い方がいいと思います」
「…そんなに?」
「いえ、確証はありません。でも…」
瑞希は坂下に向かって頷くと坂下も言葉を引っ込めた。
「宇多くんもそう言うなら」
「なんだよ?俺だけの意見じゃ信用なんないのか?」
宗が苦笑しながら坂下に言えば坂下も苦笑する。
「信用、…しないわけではないですが、二階堂商事での宇多くんの名前は聞こえてきてましたからね。鼻が利く、と」
「え?」
瑞希はきょとんとして坂下を見た。
「宇多くんは…知らなかった?」
「ええ。何ですか?ソレ?」
宗と坂下が顔を合わせてふき出す。
「さすが瑞希!」
「……宇多くんはそのままでいいですよ」
坂下までに笑われて瑞希は首を捻る。
「宇多さんって…天然入ってるんだ」
恵理子達にまで笑われた。
「仕事出来るのに天然……」
天然~?
……そんな事初めて言われたけど…。
でも笑って宗も否定しないし、誰も違うとも言わない所を見ると本当なのだろうか?
自分では分からないけど…。
なんとなく釈然としない。
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