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熱視線 夜想曲~ノクターン~7

 そんなひどい事になるのだろうか…?
 明羅はじっと知っていそうな宗を見た。
 「何?」
 今の宗の言い方と声がちょっと怜に似ていたのに明羅はどきりとした。
 一瞬知っていそうな宗に聞いてみようかとも思って口を開きかけたが止めた。
 だって怜さんはちゃんと明羅の事を考えていてくれるのだ。
 明羅は宗から視線を外し流れる見慣れた景色を眺めた。
 

 明羅が家に帰るとやっぱり宗は帰っていく。
 わけ分かんない。
 そう思いながら怜に電話をかけると、すぐに怜さんが出てくれた。
 『もしもし』
 「怜さん、今家ついたとこ」
 『おう、おかえり』
 「うん…今日はありがとうございました。すごく、おいしかった。怜さんいきなり早起きししたんじゃ…?」
 『そうでもないさ』
 「すごく…嬉しかった」
 『そうか?じゃまた今度作ってやる』
 「え!ううんっ!それはいいよっ!」
 また、という事はまた泊まってもいいんだ。
 くすっと怜が笑っていた。
 『遠慮すんな、って言ってるだろ。俺がしたいからしてるだけだから』
 「…こんなにしてもらって。いっぱい貰って…俺どうしていいか分かんないよ」
 『ば~か。気にするな。俺だって貰ってる。……練習は?』
 「え?あ、するっ!」
 『楽しみにしてる。夜電話するからベッド入ったらメールよこせ』
 「…うん」
 明羅は思わず顔が緩みながら電話を切った。


 練習しないと。
 緩んでる頬をぱんっと叩いて、制服を脱ぎ、着替えを済ませるとピアノに向かった。
 指を解して。
 ジュ・トゥ・ヴ。
 ワルツの3拍子。
 難易度でいったら難しくはないけど。
 どう弾いたらいいのか…。
 怜さんのジュ・トゥ・ヴを思い出して、思わず顔が赤くなる。
 だって情感たっぷりで、想いがこもった演奏で…。
 ぞくぞくじゃないけど明羅は思い出しただけでも嬉しくて心が、気持ちが溢れてくる。


 何度弾いても自分はそんな風には弾けなくて嫌になってくる。
 やっぱり怜さんの前で弾くのやめようか…。
 だって明羅の心が全然こもってないように聴こえてしまう。
 なんで弾いてもいいみたいに言っちゃったんだろう。
 音が薄っぺらに感じる。
 深みがないように思える。
 そりゃ怜さんはピアニストで、すごい、というのは誰よりも明羅は分かっているわけで。
 それなのになんで怜さんの前で自分の音を…。
 やっぱりやめさせてもらおうかな。

 思わず後ろ向きになる。
 それでも本当は聴いてほしい。
 怜さんしかいらない、好き、欲しい、それが伝えられるならば、だ。
 伝えられないなら弾かない方がいい。
 はぁ、と何度も溜息を吐き出して、それでもやっぱり自分的には全然満足できなくて泣きたくなってくる。


 それなのに、怜さんがいない時間がすごく長く感じたのにこう時に限ってやけに時間が過ぎるのが早いと思ってしまう。
 毎日毎日ジュ・トゥ・ヴだけ弾いた。
 音は間違えないけど。
 それだけじゃただ弾いてるだけで、つくづく自分はやっぱりピアニストになどなれないと再確認した。
 母親の佐和子の演奏も思い出す。怜の音とは違うけどやはりピアニスト。とてもじゃないけど比べ物にならない。
 「明日…」
 もう木曜で明日は金曜。学校に怜が迎えに来てくれるから練習は今日が最後。
 やっぱりやめようか、いや、でも…。
 何度も葛藤がよぎってしまう。
 


 「やっぱりやめていい?」
 『却下』
 …だよね。
 夜の電話で恐る恐る怜に聞いてみたら即答された。
 毎日怜が電話をくれるのも日課になって、全部負担が怜にいってるのに明羅は申し訳なくて、自分からもかけると言うが、明羅からかけた時は怜がうまく誘導してすぐに切られてしまうのだ。
 『お前の音が聴きたい』
 うわ、と明羅は怜の低い、近い声にどきりとする。
 『上手い下手はどうでもいい。明羅』
 ああ、そうだよね…。よく分かってる。
 コンサートに行けばよく分かる。コンサートする位のピアニストなら誰でも上手い。
 でもそれだけの人と、感動を、心を震わせる事の出来る演奏は上手いだけじゃだめなんだ。

 分かってる。
 明羅はただ上手いだけ。
 思わずしゅんとうな垂れてしまった。
 『俺はお前が来てからはお前だけに向かって弾いてるぞ?その前まではただ弾いてただけだ』
 ただ弾いてただけでアレなら明羅はいったいどうすればいいんだろう?
 『お前も他のやつになんか聴かせなくていい。俺だけにしとけ。お前を独り占めするのは俺だけ、な?』
 「……人前で弾く気なんてないよ」
 独り占め…。怜の言葉に明羅はかぁと顔が熱くなる。
 『俺の音、深み増したろ?お前がいるからだ』
 だから…、恥かしいんですけど…。
 『明羅?聞いてる?』
 「……聞いてるよ」
 明羅はひとりで悶えそうになっていた。
 

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