「俺は意外と忍耐強いんだと初めて知った」
「え?」
宗が車に戻ると頭を抱えて溜息を吐き出しながら呟いた。
瑞希がエンジンをかけ車を出す。
「瑞希、もう少し自分をどうにか出来ないか?俺はそのうち狂いそうだ」
「……何が?」
「何が!?」
はぁあと宗の思い切り盛大な溜息。何を言いたいのか分かるけど…。
「……いや、分かってるけど…。別にたいした事じゃ…」
「大した事だ!俺にとっては!」
宗が苛立っている。
「だって別にあれ位でこっちの話をうんうん聞くならいいじゃない」
「よくない」
むすっとしたまま宗がむっつりと答える。
「分かってはいる!お前に気を取られてるからこっちの優位な条件でいけてるのは。でもそれじゃお前を犠牲にしてるようなもんだろうが!」
「別にそこまでじゃないでしょ…。それに宗の為になるなら俺はいいし」
「じゃあ何か?俺が契約が欲しいからその取引相手と寝て来いって言ったらお前はそうするのか!?」
「……CEOのご命令なら」
瑞希はぐっと奥歯を噛み締めて答えた。
「……………ああ……。……分かった」
宗が今までの苛立った表情を消し、そしてそれ以上何も言わなくなった。
無言で次の会社へ。
今日は宗と一緒に投資家やグループ企業に投資の有効性を訴えに何社かを訪問していた。
資金を集め、ベンチャー企業に投資する。
会社ではどの企業が投資に価するか何社かに選定を絞っているはずだ。
無表情になった宗に瑞希は息が止まりそうな位に動悸してうろたえた。
傍目にはそうは見えないかもしれないけれど内心では焦りまくっていた。
嫌われた?
なんで?
自分は宗の為によかれと思っていたのに。
証拠に契約はとんとんと話が進んでいく。
色目を使われるのなんて慣れている。それを逆手に取る事だって出来る。
手なんか触れられる位なら何でもない。
それ以上は決してされた事などなかった。
キスだって何だって全部宗だけだ。
瑞希を自由にしていいのも全部宗だけ。
宗に必要とされているならこんな身体なんていくらでも差し出してやる。
宗だけにだ。
宗に望まれているならばだ。
無表情になった宗は資料に目を通している。空気は冷えたまま。
瑞希をも宗はシャットアウトしている。
今までこんな宗は見た事がなかった。
どうして…?
「次は西峯グループだ」
「…はい」
「大きいところだ。頼むぞ」
「……はい」
頼むぞ…?それは瑞希が誑しこめという事なのだろうか…?
でも宗の雰囲気は質問を拒絶していた。
心臓がどくどくと脈打っている。
何を間違えた…?
今までにだって何回も宗に愛想つかされたのではないだろうか、と思った事は何度もあった。
無言になったり苛立った様子を見せたり、でもそこに表情があった。
今はその表情が何もない。
宗の意識が瑞希を向いていないのを肌で感じる。
いつも宗は瑞希を気にして見てくれているのに今は全然感じられない。
人の気を気にして今まで瑞希はずっと生きてきた。
宗だけが瑞希に温かい気を向けてくれていたのにそれがない…。
身体が震えそうになってくる。
でも今は仕事中だ。切り替えろ。
瑞希は小さく頭を振った。
西峯グループは宗が言うように大きい。色々な系列会社を有している。その社長とのアポだ。
宗の事を気にしている場合じゃないのに…。
仕事の事を考えるんだ。
必死に自分に言い聞かせた。
車を駐車場に入れる。
「行くぞ」
「はい」
無駄な事は一言も発しない。いつもだったら何かかにか瑞希のちょっかいを出してきたりからかったりと気を解してくれたりするのに。
瑞希は青い顔で宗の後ろをついていった。
「すみません。NDベンチャーキャピタルですが」
「社長がお待ちです。こちらへどうぞ」
受付の女性に案内されてその後ろをついていく。
女性はちらちらと宗に視線を送る。
それはどこに行ってもそうだ。
皆若き社長でかっこいい宗に女性なら惹かれてしまうだろう。
でもいつも宗の視線は瑞希を見ていたからそれを見てもなんとも思わなかった。
だけど今は違う。
宗は瑞希を見ていない。
どくり、と瑞希の心臓が嫌な音を鳴らした。
…怖い。
どう、したらいい…?
宗にいらない、って言われたら。
「…どうした?遅れているぞ」
「すみません」
知らず知らずの内に宗から離れてしまっていた。急ぎ足で宗のすぐ後ろについて歩く。
声はかけられたけどそれだけ、だ。
どう、しよう…。
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