「噂は聞いておったが本当に男にしておくのが惜しい美人だ」
西峯の社長が瑞希の手を撫で回していた。
もうけっこう年がいってそうなのにその目に欲が見えて瑞希はぞっとする。
「それでこちらのファンドですが…」
宗が話を進めるのを西峯の社長は瑞希に夢中で聞かないふりをしているがきちんと聞いているのが分かる。
そしていつもは何のかんのと宗がうまいことその瑞希を撫で回す手がある時は資料などで誘導して外させるのだが今は西峯の社長に好きにさせていた。
やはり誑しこめ、という事なのだろうか…?
西峯は難しい。したたかな老獪な社長を頷かせるのは至難の業、と言われている。
危ない橋は決して渡らない。損する事は絶対しない。
そう言われている。
なるほど本人を目にすれば鋭い眼光が宗に向いているのが分かる。
宗を計っているのだ。
この相手は簡単ではない、と瑞希も分かる。
「社長、こちらの資料を…」
瑞希がさらりと手を外して資料に目を向けさせる。
すると宗がすかさず説明を始めた。
「厳しい選定もよって選ぶベンチャー企業です。IT、通信、半導体、これから伸びしろがある企業しか私どもは投資しません。厳しい条件を提示しその条件をクリアした企業の中からさらにふるいにかけます」
「…聞いている。NDの投資を受けた企業はどれもが著しく伸びとるらしい」
「ありがとうございます」
宗と瑞希が声を合わせる。
それからものらりくらりとかわされそうになりながらも瑞希が興味を引いたり宗に目を向けさせたりとしてどうにかさらに踏み込んだ話を、という所まで話を持って行く事に成功する。
「そうだな。彼に接待を頼もうか」
「お断りいたします」
社長が瑞希を眺めながら最後に言った言葉に宗は即座に断るとすくりと立ち上がった。
「そのような事をお求めになられるのでしたら私の方からこの件はなかった事にさせていただきます」
瑞希は宗の袖を引っ張って首を横に振った。
自分はいい。それ位なら。
その瑞希の手を宗が振り払った。
そして冷たく瑞希を見た。
あ……。
瑞希の心が真っ黒に染まった。
「いや、待て若造」
「なにか?」
そのまま立ち上がって帰ろうとした宗を西峯の社長が呼び止めた。
「親父にそっくりだな」
その言葉に宗の顔が思い切り歪めば西峯の社長が笑った。
「話を進めておけ」
「………ありがとうございます」
宗がゆっくりと頭を下げた。
「…帰るぞ」
そしてそれだけを瑞希に声をかける。
瑞希も西峯の社長に頭を下げ、そして宗の後ろをただ呆然としてついて歩いた。
宗に拒絶された。
触るな、と振り払われた。
冷たい目だった。
もう、宗に必要とされない?
誑しこむ事もできないんじゃ用なしか?
結局話は宗一人で取ったようなものだ。瑞希のいる意味はないんだ。
身体が震えてくる。
「どうした?今日はこれで終了だ。会社に帰るぞ」
「…はい」
そういえば瑞希、と呼ばれていない。
瑞希は震える手でハンドルを握った。
そのまま車の中も無言で会社まで戻る。
「いかがでしたか?」
「西峯がとれそうだ」
坂下が心配そうに聞き、それに宗が得意気に答えればわっと歓声があがった。
瑞希はその中に入っていられなくてそっとフロアを出てトイレに入った。
鏡の前で洗面台に片手をつき、もう片手で口を押さえる。
身体が震える。
どうしよう…。
宗…。
「…っく……」
歯を食いしばっても震えは我慢できそうにない。
瞳が潤んでくる。
どう、したらいいかなんて全然分からない。
ずっと宗が見てくれなかった。
呼んでもくれなかった。
手を、振り払われた…。
「宗……」
その時ばん、とトイレのドアが開いた。
「帰るぞ。……泣いて、たのか…?」
宗が瑞希を見ていた。
「そ、う……?」
「……こい」
宗は瑞希の頭を抱え込むようにした。
「おう、先に上がるぞ」
「お疲れ様です」
瑞希が宗に抱え込まれた状態で瑞希の泣いてる顔は見えないように宗の腕が隠してくれている。そんな状態でも普通に宗は挨拶してそのままビルの地下駐車場に向かうと瑞希を後部座席に乗せ、宗が運転席に座った。
帰って、いいの…?一緒に…?
でも宗は何も言ってくれないので分からない。
ずっと前を向いているから表情も見えない。
嗚咽が漏れてくる。
見て…。
呼んで…。
瑞希って名前が好きだと言ってくれたのに…。
瑞希の心の中が闇に染まっていく…。
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