宗に帰るぞ、と声をかけられるとほっとする。
一緒に帰っていいんだ、と思って。
いつ宗に何ていわれるかと思い、何も話が出来ない。
宗がどう思うのかが怖くて仕方ないのだ。
瑞希の運転で家に向かう車の中はここ最近は無言が多くなっていた。
「瑞希」
「はい」
「………はい…?もう仕事の時間は終わったのに<はい>?」
「あ……ううん…」
びくっと瑞希の肩が揺れてしまう。
それに宗が気付いてまた溜息だ。
「……何か言いたい事は?」
瑞希は宗の方は見ないで黙って首を振った。
「………」
その瑞希を宗がじっと見ているのは視線で分かる。でもだからといって瑞希は何も言えなかった。
すると宗ははぁ、と溜息を吐き出すのにまた瑞希はびくりと身体が揺れてしまう。
「……こんな状態じゃ一緒にいないほうがいいか?」
「……え?」
瑞希はゆっくりと宗の方を見た。
「前見て運転。危ないぞ」
はっとして瑞希は前方を見た。
でも心臓がどきどきとまた嫌な鼓動を打っている。
宗は何て言った?
イッショニイナイホウガイイ…
確かにそう言った…。
そして宗が電話を取り出してどこかにかけている。
何処に…?
出てくため?瑞希をおいて?
「あ、兄貴?」
怜さん…?
「ああ。メール見たか?…うん。……本当に?…ああ、そう、なんだ。今も……ちょっと……ああ…」
くっと宗が笑った。
そういえば瑞希と一緒にいて宗が笑っているのをここしばらく見ていない。
いつもじれったいような、心配なような、難しい顔とか、苛立ったようなところしか見ていない。
「じゃあ、悪い。そういう事で。よろしく」
宗は嬉しそうにして電話を切った。
そしてまたかける。
「あ、親父?アレ、…………ああ、すみません。よろしくお願いします。……そのうち挨拶に行く」
え……?お父さん?宗、が…?
「あ?ああ。三田?行くよ。………行かない。ああ、分かってる。じゃ」
宗があまり自分から進んで連絡を取りたがらない二人に次々かけて…?
どうした、んだろう…?
瑞希は普段と違う宗に怪訝に思ってしまう。
けれどそれも何も聞く事はなくただ運転に集中した。
会話から瑞希と住んでいるマンションを出て行くのではないらしい。
一体どうしたんだろう…?
そして宗はどこか機嫌よさそうな雰囲気で出て行く、も出て行、けも言われなさそうなのに瑞希は訝しげにしながらもなんとなくほっとした。
瑞希には行く宛ても何もないのだ。
マンションに帰るとスーツを脱いで夕飯の準備。
この時間が一番ほっと出来るかもしれない。
マンションだければ誰もいない。宗とだけだ。
宗のためにご飯の準備、が嬉しい。自分が宗の為に出来るのは相変わらずこれだけのような気がする。
なんか何年一緒にいても自分は全然成長していない気がしてならない。
育っているのは宗に対する気持ち位か?
それならもう初めの頃よりさらに大きくなっている。
でも宗は違うだろう…。
きっと面倒だと思っているはず。
だってさっきも一緒にいないほうがいい、って言った…。
聞かなかった事にしようと思ったけれどどうしたって頭の中に宗の言葉が回ってしまう。
瑞希が料理をしている間、宗は風呂の準備をしたり、洗濯物を片付けたりする。
きっとあの大きな家で宗はそんなことしなくていいのだろう。
一緒に暮らし始めた初めの頃は慣れない事にぎこちなかったけれど今はそれが何も言わなくても宗はやってくれる。
自分といるせいで宗はしなくていいことをしているんだ。
なんかどれもこれもが宗の迷惑にしかなっていない気がする。
ここのマンションだって宗が買って、生活費もほぼ宗が出している。
嬉しい事も全部宗がくれて、幸せも全部宗だけ。
…その宗に一緒にいないほうがいい…って言われたら…。
出て行けばいい…?どこに?
キッチンに立ったまま呆然として目の焦点が合わなくなってくる。
「瑞希…?」
動かない瑞希に宗がどうした?と声をかけ、肩に触れた。
「……俺…出て行った方、いい…?」
「は?」
宗の眉間がぎっと皺を寄せた。
「何を言っている?」
「さっき…宗、言ったでしょ…?一緒にいないほういいか、って…だから…」
「………言った。瑞希が辛そうにしているから。」
「俺…?辛い?どこが…?………宗にそんな事言われる方が辛い……」
ぶわっと涙が溢れてきた。
止まらない!
泣いた事なんてなかったのに、どうしても宗の前だと、宗の事だといくらでも泣けてしまう。
泣くなんて女みたいで嫌なのに…。
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