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2012.08.29(水)
はぁ、と何度も朝から溜息がもれる。
今日だ、どうしよう。
前だったら待ち遠しくて仕方ない怜のお迎えの時間だが、今日は異様に時間が過ぎるのが早すぎる。
こういう時ほどゆっくりでいいのに!
思わず文句を言ってしまいたくなるけど言っても仕方ない。
授業など全然頭に入ってこなくて、頭の中をぐるぐる回っているのはジュ・トゥ・ヴだ。
珍しく朝から怜が電話をくれて迎えに行くから、と笑いを含んだ声で告げられた。
お迎えは嬉しいけど。
怜と一緒にいられるのも嬉しいけど。
今日に限っては複雑だ。
授業が終わっていつもだったら駆け足で行くところをのろのろと歩く。
逃げ出したい…。
でも会いたいし。
昇降口で複雑な気持ちでゆっくりと靴を履き替えていると宗が来た。
「…今日は行かないのか?」
だからなんでいちいち宗に報告しなきゃならないんだろう?
「…行くよ」
明羅は宗とも話がしたくなくて外に向かった。
いた!
怜の車が停まってて、下校する生徒がちらちらと見ているのに気付いて明羅はそそくさと怜の車に乗った。
「おかえり」
「…ただいま…」
怜にそう言葉をかけられると明羅は面映くて顔を俯ける。やっぱり会えれば嬉しい。
怜はそれ以上何も言わずにバックミラーを見て、そして車を出した。
しばらく車の中はカーナビから聞こえるテレビの音だけになる。
「宗は相変わらずらしいな」
「ん…」
やっと怜が口を開いたけどジュ・トゥ・ヴの事には触れない。
学校が月曜も休みでこれで怜の所に3泊も出来ると思えば明羅は嬉しくて仕方ないのだが今はジュ・トゥ・ヴがよぎってそれどころじゃない。
「そんなに身構えなくていいのに」
くすくすと怜が笑いながら明羅の頭をくしゃりと撫でた。
「だって…」
そんなの無理だよ。
「しかし、車も覚えられたのか随分視線を感じたが…」
「あっ…」
明羅はすっかりクラスメートに聞かれた事を忘れてた。
これでもしかして確定的?
週末ごとに怜が迎えに来てたらそう思われても不思議じゃない。
「どうした?」
大きな声をあげた明羅を怜が促した。
「ええ、と…火曜日、朝送ってもらったでしょ…?そしたら、クラスのやつに、その…本命、か?って…宗とオトナの人どっち本命って…聞かれて…」
怜が目を瞠って、そして眉根を寄せた。
「なに?宗ともそう見られてるわけ?」
「…俺、知らない」
「ま、いっか。これでお泊り確定の本命俺になるか?」
怜が口角を上げる。
「……知らない」
「なんだ?つれないな」
くっと怜が笑った。
「火曜の朝、やっぱキスしときゃよかったか?」
「ちょ…怜さんっ」
ふざけないで欲しい。
明羅は耳まで真っ赤になった。
そんな事されたら学校行けなくなるっ。
「お邪魔します」
そっと怜の後ろから怜の家に入る。
もう見慣れてる、だけど、今日はなんとなく落ち着かなくて、すぐにパソコン部屋に行って着替えを済ませた。
リビングに戻ってきてソファに座っていた怜の隣に座った。
弾け、って言われるかと思って緊張してどきどきする。
怜の演奏を7歳で聴いてから人前で弾いた事がなかったし、ましてやその怜の前で弾かなければならないなんて。
「緊張しすぎ」
怜が苦笑してた。
「だって…」
「…弾くの今じゃない。後ででいい。多分止まれなくなるから」
「???」
「ん~~。…飯も食って、風呂入って、その後」
「え……俺、ずっと緊張したまんま?」
「だから緊張しなくていいのに」
ぷっと怜が笑う。
すぐ弾けって言われると思ってたのにそうじゃなくて明羅はちょっと拍子抜けした。
「止まれないって何が?」
怜が肩を竦めて内緒と笑った。もう頭の中はジュ・トゥ・ヴで怜の言っている事も考えられない状態だった。
「…じゃ、怜さんなにか弾いて」
明羅が言えば怜が笑ってピアノに向かった。
明羅の緊張を解すつもりなのかゆったりした曲ばかりを弾いてくれる。
その怜の効果か明羅の身体から緊張が抜けて怜の音に集中してくる。
絶妙な音の抜き加減に唸る。なんでこんな風に弾けるんだろう?
音が綺麗な宝石のように丸まって聞こえる。
どうしてこんな音になるんだろう?
明羅の音はそこらへんの落ちてる石っころで、怜の音は磨かれて輝いている宝石だ。
はぁ、と思わず溜息が漏れてしまう。
やっぱり弾くなんて頷かなければよかった。
でももうきっと怜さんは逃してくれなさそうだし。
そんな楽しみにされても困るんだけど…。
明羅の心はずっと揺れっぱなしだった。