「あら、よかった。元通りね」
翌日宗と一緒に会社に出勤したらすぐに背中をぽんと叩かれて川崎 恵理子に声をかけられた。
瑞希と宗の雰囲気にすぐに気付いたらしい。
そんなにぴりぴりとしていたのだろうかとちょっと恥ずかしいとも思う。
宗と一緒に仕事が出来るのは嬉しいけれど、宗との事を知っている人達に全部分かられてしまうようでそこはいたたまれないとほんの少しだけ早まったか、と思う所もある。
でもそれ以上に、恥かしくてもやっぱり宗と一緒にいられた方が嬉しいが勝ってしまうんだから仕方ないだろう。
「……おはようございます」
宗から皆が気にしてたというのを聞いてなんとなく照れくさい。
「あ!……ちょっと宇多さんおいで」
「?」
ぐいと恵理子に腕を引っ張られて車椅子用のトイレに連れ込まれた。
「ええと、あの…?」
「ほんと困ったヤローだな!」
「?」
川崎 恵理子は黙ってればとても美人なのだが最近は特に口が悪い。
「ここ」
すらりとして背の高い恵理子はヒールを履くと瑞希よりちょっと身長が足りない位で目線がほとんど一緒になる。
その恵理子が瑞希の耳の下を指差し、そして自分のバッグからポーチをとりだした。
「あっ!」
トイレの鏡で指差されたところを顔を斜めにして確かめると色濃くキスマークが残っていた。
「それ、マズイでしょ」
瑞希がかあっと耳まで真っ赤になってしまうと恵理子はぶふと笑った。
「可愛いねぇ~。ほんと年上に見えない。ちょっと横向いて」
「で、で…でも……」
「隠したげるから」
恥かしすぎる。
いかにも昨日イタシましたと告白してるようなものだ。
「コンシーラーで隠してファンデーション塗ったげるから。でも色白いからなぁ…まぁ、コレが見えるよりいいでしょ」
「………すみません………」
恥かしくて声を消えそうな位小さくした。
「悪いの二階堂くんのほうでしょうに。ったく」
恵理子がぐりぐりとコンシーラーを塗りつけてその上からファンデーションを塗ってくれる。
「これ汗にも強いからとりあえずこれで大丈夫だと思うけど。髪であと隠すようにすればいいでしょ」
「……ありがとう……」
「いいえ~!」
ふふふ、と恵理子が笑うのに後ずさりしたくなってくる。
恵理子がにじり寄ってきそうな雰囲気でたらたらと瑞希は汗が流れそうになった。
コン、と音がしてドアが開くと宗が立っていた。
「いいかげんにしろ」
「何が?宇多さんにキスマークでかでかと残す方に問題ありでしょ」
「いいんだ。瑞希は俺のものなんだから」
「うわ、最悪~!宇多さんこんなのやめたらぁ?」
それはない。
ふるふると瑞希が小さく首を振ると宗は満面の笑みを浮べ、どうだ、といわんばかりに恵理子を見た。
「あぁ~…はいはい。お邪魔でした」
恵理子は呆れたように肩を竦めてトイレから出て行く。
「宗……恥ずかしいんだけど…」
「すまん。それは謝る」
素直にそこは謝ってくる宗に思わず瑞希もくすっと笑ってしまう。
宗は家だとおろしている前髪を仕事の時はちょっと上げている。
それが精悍に見えてかっこいいんだ。
「今週の金曜に三田のパーティがあるけど、それには坂下と出てくるから。瑞希は家で待ってろ」
「……はい」
「そこには親父も来るしTSDの武藤も来る予定だ。まぁ、親父に関してはお前に対してはバカ面になる位だろうけど、武藤は厄介だから」
……そういう理由で瑞希を伴わないのか?
「ウチで飯作って待っててくれ」
「……うん」
瑞希ははにかんで答えた。
なんだ、そうか…。
隣に相応しくないからじゃないのか…。
思わずほっとしていまう。
いいけど、お父さんのバカ面って何?
思わず宗を見ると宗が苦笑していた。
なんだろ?
でもそれ以上宗は何も言わなかった。
ま、いいや、と心が軽くなった瑞希はその日は仕事に集中する事が出来た。
ずっと気がかりだった事が消え、スムーズにはかどる。
宗も忙しく打ち合わせだったり、会議とか、書類の確認にとぱたぱたと一日を外に出ないで過ごした。
瑞希ももう大分慣れた。
仕事の流れもする事も沢山あって忙しい。
でもその合間に宗と視線が合えばやっぱり嬉しい。
上着を脱いで、シャツを腕まくりしてる所とか、電話を肩に挟んでメモとるとことか、密かにかっこいいな、と見惚れてしまう時もある。
これは同じ職場じゃなきゃ見られない事だ。
ちゃんとしなきゃ、と思っても、どうしても顔は緩んでしまう。
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