「じゃあ行って来る」
「行ってらっしゃい」
他の社員と一緒に瑞希も宗と坂下を見送った。
二人は金曜日で三田ファイナンスの会長、社長襲名パーティに出席するのだ。
宗の目があとでな、と瑞希を見てふっと色を和らげる。
落ち着いた、と思う。
あんなに心の底が満たされない感じだったのに今はそうではない。
宗が瑞希の事を考えてくれているのが分かる。
信じられる。
たった一言だったのに…。
満たされていると感じる事が出来た。
宗だけでいいという思いは変わらないけれど、どこか歪んだ思いだったものが真っ直ぐに修正された気がする。
坂下と一緒に出かけた車を見送りながら今日のご飯は何にしようか、と考えた。
きっと宗はお腹をすかしてくるに違いない。
そして肉は?って聞くんだ。
くす、と瑞希は笑った。
「宇多さん、TSDホールディングスから2番に電話です」
「え?TSDから…?誰?」
社長の武藤はパーティーに出席するはず。
「それが…その社長からです」
瑞希は時計を見た。パーティは6時からで今はもう5時半過ぎだ。
恵理子と顔を見合わせてから電話を取った。
「もしもしお電話変わりました宇多です。お世話様です」
ここ最近宗と一緒にTSDホールディングスに通っていた。もう少しで契約か、という所にまで漕ぎ着けていたのだ。
『実は今日急に国際キャピタルというところからアポがあってどうもNDさんより条件がいいんだよね…』
パーティ前の今、電話で言う話じゃないだろう。
「うちの二階堂はパーティ会場にもう向かいましたが」
『社長に話する前に宇多くん、少し話せないかな?それによってはこの話はなかった事に…。私もパーティ会場に行かなければならないから少しの時間でいいよ。パーティ会場の三軒先にホテルがあるのでそこのラウンジで』
「………分かりました。では今から出ますので」
確かに武藤はパーティに出席しなければならないはず。それならほんの少しの時間だけ相手すればいいのだろう。
瑞希は電話を切ってスーツの上着を着た。
「宇多さん!?」
「ちょっと行ってくる」
「どこに!?」
「パーティ会場の近くだから。宗には俺から連絡する」
宗は坂下の車で行ったので瑞希は宗の車で急いで出た。
途中で携帯から宗にかけるが出ない。
人が多くて気付かないか、出られないか。
信号が変われば携帯を触っていられないので上着の内ポケットにしまう。
会場近くまで行っても携帯はならないまま武藤が待っているといったホテルに入っていった。
車を駐車場に入れラウンジに向かうと窓際の席で優雅にコーヒーを傾ける武藤を見つけた。
瑞希が腕時計を見ればすでに6時は過ぎている。
「すみません」
「やぁ、宇多くん」
「パーティは?」
「先に部下をやっているから私は少し位遅れても平気だ。どうぞ?」
椅子を勧められて瑞希が座った。
「ワインでも飲むかい?」
「いえ、まだ勤務中です」
「勤務時間は終わりだろう?パーティに君は出席しないのかな?」
多分武藤は瑞希が出ないのを知っているんだ。だから宗と別行動の今こうして声をかけてきたのだろう。
武藤は40ちょっと過ぎくらいだろうか。若くも見えるし狡猾さも見える。
一筋縄ではいかないように見える。もっとも社長の座にのし上がったのだからそうじゃなきゃ無理だろう。
「出席しません。ですから二階堂の方に直接…」
「私は君と話がしたかったんだ。いつも邪魔者が一緒だからね」
くすと武藤が笑った。
「ですから、仕事の話でしたら私よりも…」
「仕事?なんの事かな?」
「…国際キャピタルからのお話というのは?」
「ああ!あったとも。それは本当だ。でも話が来ただけでまだ何も進んではいないけど。ああ…でも宇多くんの出方によってはどうかな…?」
にやりと武藤が笑うのに瑞希は溜息を吐き出した。
面倒な。
無碍にもできなさそうだ。
「……私の態度一つで?随分と軽い会社ですね」
「遊び心は必要だよ?真面目に仕事ばかりしてては疲れるだけだ。さ、ワインでも頼もう」
「いえ、お酒は…」
「私の酒が飲めないとでも?」
武藤が片眉を上げた。
「……いえ」
困ったな、と瑞希は携帯が鳴るのを待ったけれど鳴らない。
パーティ会場が開場しちゃばかりじゃきっと宗は挨拶で忙しいだろう。
自分でどうにかするしかない。
武藤がギャルソンにワインを頼んでいるのを横目に瑞希は凛と気を張り詰めた。
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