グラスを掲げワインを口にする。
普段ワインなんて飲みなれないし、そもそも瑞希は酒を好んで飲むわけではないのであまりおいしいとも思わないのだけれど。
「ここのハウスワインはあっさりで飲みやすいだろう?君は酒にはそんなに強そうではなさそうだし」
「…強くはありませんね。私なんかより分かる方とお飲みになったほうがよろしいと思いますが」
武藤が肩を竦ませた。
「目の保養は綺麗な方がいいだろう」
「……それはお褒めに預かりまして」
小さく瑞希は頭を下げる。
「それは謙遜しないんだ?」
「ええ、まぁ。散々言われますから。自分ではどこがそんなに誉められるのか分かりませんが」
「社長は誉めないのかい?」
「二階堂ですか?」
「ああ」
宗がよく言うのは可愛い、だ。
綺麗は客観的に言う時だけ。
28にもなるのに、しかも男なのに可愛いはどうかと思うけれど、宗が言ってくれるのならば嬉しい。
思わず瑞希はふっと表情を崩した。
「…ふぅん。噂は本当なのかな?」
「噂?」
「NDのCEOは父親の会社から引き抜いたCIOに夢中だと」
ふ、と瑞希は鼻で笑った。
「さぁ?」
「…なんだ、嘘か?」
「さぁ?」
瑞希ははぐらかす。宗が相手でなければいくらでも仮面はつけられる。動揺だってしない。こんな風に言われるだろう事は分かっている事だ。
「肯定も否定もなしか」
武藤も面白そうに笑う。
「その仮面のような顔が崩れるときはあるんだろうか?」
宗には崩れっぱなしですけど、と瑞希は心の中で答える。
ちょっと前までだったら、宗に愛されている自信がなかった瑞希だったならばどうだろうか?少しは動揺しただろうか?
でも今は何があっても宗は瑞希と共にいてくれると信じられる。
「国際キャピタルの話とはどんな?」
「まぁ、美味い事しか言わなかったな。あれでは惹かれない」
武藤は隠す事なく平然とそう答えるのに瑞希はなんだ、と呆れる。最初からやはり囮話でしかないのか。
「これから一緒にパーティ会場に行くかい?」
「遠慮します」
軽口の応酬。
一体何が目的か?
「…いいね。ウィットに富んでいる。そういう出来る人は私は好きだな。NDを辞めてウチにこないかい?」
「それも遠慮致します」
「失礼」
低い声が混じった。
誰だろうと瑞希と武藤が顔を上げた。
「あ…お父さん…っ……と…」
しまった!びっくりしてつい素が出てしまった。
「お父さん?」
武藤が驚いた顔をして瑞希と宗のお父さんを見比べた。
「瑞希の父ですが?」
にっこりと宗のお父さんが笑みを浮べながら言うのに瑞希も目を見張った。
何言ってるんですか!?と思わず目で宗のお父さんを見た。
するとお父さんはくす、といたずらっ子みたいなヤンチャな顔をして見せた。
「宇多くんのお父さん?あなたは二階堂商事の社長でNDの若社長のお父上でしょう?」
武藤が怪訝な顔で宗のお父さんを見ていた。
「ええ、そうですね。でも瑞希くんの父親でもありますよ?一応。養父になりますが」
はぁ!?と瑞希は声を上げたくなったのを無理遣り飲み込んだ。
「瑞希クンは両親が不在ですから、私が後見人なので」
「ああ、そういう事なんですか」
いつそんな事に!?知らないけど?と宗のお父さんを見れば目配せして黙っていなさいと目が言っている。
ここはやはり威厳に満ちたお父さんに任せた方がいいだろう。
瑞希は黙って任せる事にした。
「外を会場に向かっていたら瑞希クンの姿を見つけたので…。失礼しました、TSDホールディングスの武藤社長ですね?」
宗のお父さんが自分の名刺を差し出しながら悠然とした笑みを武藤に向けた。
「これはこれは、失礼致しました」
武藤は慌てて立ち上がって自分も名刺を差し出した。
「さて、何か重要な話でもあったのですかな?終わっているなら瑞希くんは引き取りますが」
「あ、はい…もう私も会場の方に行かなくてはならないので」
武藤が動揺している。
「そうでしょうとも」
ふっと宗のお父さんが上から鼻で武藤を笑った。
「では、私は先に行っておりますので」
わたわたと武藤は慌てて伝票を持ってその場を逃げるように去って行った。
「宗は一体何しているんだ?何で瑞希くんが奴と二人でいるんだ?」
宗のお父さんが怒ったように言うのに瑞希はきょとんとする。
「あれほど気をつけろと言っといたのに」
「ええと…お父さん?」
「うん?」
何の事でしょうか…?
瑞希は首を傾げた。
「まぁ、でもこれで武藤は瑞希くんにちょっかい出さないだろう。私の名があるからな」
うむ、と宗のお父さんは満足げに頷いた。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学