岳斗はぼうっとして教室の窓から外を眺めていた。
見えるのは東校舎。
屋上に人影が見えないかいつも目をこらす。
たまに授業中に千尋先輩が屋上にいるのを岳斗は知っていた。
岳斗が2年生になってすぐにたまたまぼうっとして屋上を見てたらそれに気付いたのだ。
きっと岳斗じゃなかったらそれが千尋先輩だって気付かなかっただろう。
1年の時にはじめて谷村にライブに連れて行ってもらってから、ずっと岳斗はLinxのライブに通っている。
正直お小遣いだけではきつくてバイトしようかなぁ、とか考えていた所だった。
近所で叔父さんが酒屋をしてるのでそこで使ってくれないかな、なんて甘い事を考えている。
篠崎 千尋先輩。
あの生まれて初めて行ったライブではもうずっと目が離せなくて。
家に帰っても次の日も、その次の日も、瞼にはずっと千尋先輩の姿が映ってた。
驚いたのはライブに行ってから三日目。
学校で千尋先輩とすれ違った。
女子の先輩が<チヒロー>なんて甘く名前を呼んで千尋先輩の腕を掴んでいたのを遠くから見た。
本当に学校にいた!!!
…と岳斗は顔を真っ赤にして驚いた。
もう岳斗の中では千尋先輩は芸能人なんかと同じで手の届く人じゃない感じだったのだ。
その人が同じ学校にいる。
ライブに通ったらお近づきになれないかな、なんて甘い考えを持ったのもちょっとはある。
一緒に行く谷村はいつもボーカルの人にチケットを買わされるらしいけど、本当にそれだけで別に仲がいいわけではなかったのに密かに使えねぇなぁなんて思ってるのは内緒だ。
学年が一緒だったらライブ行ったよとか、声かけられるかもしれないけれど、まさか2年ではそれも出来ない。
結局岳斗はいつもライブに行って千尋先輩に釘付けになって帰って来るだけだ。
その千尋先輩がたまに一人で屋上にいる。
見えないように気をつけているらしいのは、なんとなく行動で分かった。
きっとタバコだ…。
千尋先輩はタバコを吸ってる。
マルボロ。
…らしい。
屋上にいる時は千尋先輩は一人。
授業中なのだからきっとサボっているんだ。
それ以外学校ですれ違う時は誰か必ず女子がくっ付いている。
カッコイイからもてるの当たり前だろうけど…。
岳斗も授業をサボる勇気があればするけれど、そんな事は出来なかった。
それにもし、サボったとしてもその時に千尋先輩がいるかといえばそれは分からないんだから。
もう岳斗の頭の中はいつも千尋先輩ばかりだ。
サボるのも決まった時間とかあるのかな?と気をつけて見ていたけれど決まってはいないらしい。
1週間全然来ない時もあるし日に2度来る時もある。
気付いた時は何となく嬉しい。
きっと学校の中で気付いてるのは岳斗一人だろうから。
それに気付いてから岳斗もこっそりと屋上に行ってみた。
普通屋上には出られないはずなのに、そこの鍵が壊れていたのだ。
なるほど、とそれから岳斗もたまにそっと千尋先輩の真似をして屋上に行く事がある。
でもそれはお昼休み限定だけど。
だって岳斗には授業サボる勇気なんてないから。
自分でもショボ、とは思うけど。
岳斗は屋上に出る時は誰にも見られないようにと気をつけ、こそこそと行く。
だって見つかったら千尋先輩だって来られなくなる。
だから岳斗が行くのも本当に稀にだ。
篠崎 千尋先輩。
遠くからしか見られないけれど…。
すっかり千尋先輩のファン?と、谷村には笑われている。
そんなにファンなら声かけりゃいいじゃん、って言われるけど、なんとなく一ファンです、もヤダ。
そんなただのファンじゃねぇし!
千尋先輩はカッコイイだけじゃない。
本当にベースの音が凄いんだ。
どんな多くの対バンがいても、人気のあるバンドがいたとしても岳斗の耳を刺激するのは千尋先輩のベースだけだった。
目を惹かれるのも耳を惹かれるのも。
音になのか千尋先輩自身に惹かれるのかもう全然自分でも分からなくなっている。
学校で見かけただけでももう舞い上がりそうになってしまうんだから重症だ。
好きなのかなぁ?
ファンであるのは間違いない。
岳斗は女の子を好きになった事はなくて、いつも気になるのはカッコイイ男ばっかり。
小学校ではカッコイイ先生から始まってカッコイイ上級生。
自分でもおかしいかな?と思った事もあったけど、ああ、自分は女の子は好きになれない人なんだと中学校の時に悟った。
その時も好きだったのは先輩だ。
バスケ部のカッコイイ先輩だった。
でも男で好きです、なんて告白する事なんか出来るはずもなくそれで終了。
そして今は千尋先輩に夢中だ。
「だってかっけぇし…」
授業中だけど岳斗は誰にも聞こえないように小さく呟いた。
テーマ : 自作BL小説
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