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羽が舞い降りてきた。 2

 「ねぇ、叔父さんバイトで俺使ってくんないかなぁ?」
 家に帰ってさっそく母親に聞いてみた。酒屋は母親の実家だ。祖父ちゃん祖母ちゃんは岳斗が小さい時に亡くなってしまっている。
 「なあに?お小遣い足りないの?」
 「足りない!だって先輩のライブ見に行きたいし!」
 母親も父親も音楽は好き。その影響で岳斗も聴くのは好きだ。

 聴くのが、だ。
 親も聴くのが好きだけど演奏は出来なくて、小さい頃に岳斗には何か音楽をとピアノに通わされた事があった。
 …一瞬だけ。
 どうしても地道に練習というのが好きじゃないし、聴くのが好きでも自分で、とは思えなくてすぐに挫折した。
 だから高校生になってライブに行くといっても反対はされなくて恵まれてるとは思う。

 「毎日じゃなくていいから!」
 「じゃあ聞いてみてあげる」
 やった!と岳斗がガッツポーズする。
 「え~お兄ちゃんバイトするの?いいなぁ」
 「真由はまだ中ボーだから無理~」
 「ちぇ~!ね、その先輩って男なんでしょ?」
 「当たり前だろ!すっげカッコいいんだ!」
 「真由も見たい!」
 「それも無理~」
 「岳斗、ほら!」
 母親に電話を手渡されて慌てて出た。
 「もしもし、叔父さん!あの、毎日じゃなくていいから俺、バイトに…え!いい!?ホント!やった!頑張るから!うん!じゃあ明日から行きます!…はい。お願いします」
 電話を持ったまま頭を下げればダサ、と真由が笑う。 
 そんな事言われても笑われても気にしない!やった、これで少しは楽になる!と岳斗はスキップしたい気持ちになった。
 


 今日はバイト。
 嬉しいけど、今日はまだ千尋先輩は見ていない。
 ちょっと見られるだけでも嬉しいんだけどな…。
 窓から東校舎の屋上をじっと眺めた。
 今日は来ない日なのかな…。
 あ、天気がいいし弁当さっさと食って屋上に行ってみようか。
 バイトも決まって気分のいい岳斗は自分の中で決定事項にした。
 一回家帰って着がえてそれからバイト。
 バイトってなにすんだろ?
 それも初めてでちょっとわくわくする。
 
 「長谷川どこ行くの?」
 「うん?ちょっと用足し~」
 クラスのダチに声かけられたのに手を振って教室を出た。
 屋上になんて絶対言わない!
 東校舎に向かい、人の気配を気にしながら岳斗は階段を上がっていく。
 元々岳斗はいたって普通なので千尋先輩みたいに注目されるわけでもなく目立ちもしないのでちょっと気をつければ平気だ。
 生徒の気配が途切れてささっと隠れるように屋上に向かう階段を上がっていく。
 ここまで来れば誰に会う事もないのでほっと息を吐き出して階段を登った。
 鼻歌でも歌いたい気分。

 今度の千尋先輩のライブはいつかなぁ?
 いつも谷村からチケットを買うまで全然岳斗は予定も分からないのだ。
 どこで練習してるのかな?
 色々噂は聞くけれど練習場所とかは聞いた事がない。
 千尋先輩の両親は学校の先生だとか、彼女はとっかえひっかえだとか、本当かどうか分からない噂ばかりだ。
 女子は確かにいつでも千尋先輩の隣にいるけれど。
 でも屋上にはいつも一人だ。
 彼女だったら連れてく、よな…?
 でも彼女が学校内にいるのかどうかも知らないけど。

 ツキン、とそこは心が痛む。
 いくらファンだって、好きだって岳斗なんて話もした事もないんだ。
 毎回ライブに行っててもただ、見てるだけ。聞き惚れるだけ。
 話出来たからって好きだ、なんて言えるはずもないけど。
 いや、そもそも好きなのかどうかだって分からない。
 だって話した事もないんだから。

 知っているのは長い手足。
 長い腕で低い位置に構えたベースを長い指がネックを這う。
 撫でるように、そして愛しそうに…。
 ピックで弾かれる音。
 腹に響いてくる重低音。
 曲によってはスラップで指弾き。 
 思い出しただけでもふると鳥肌が立ちそうになる。
 メロディアスなベースラインもルート弾きでもどれでも岳斗はいつでも千尋先輩にしか目がいかない。
 ちょっと長い髪が汗で濡れるのも曲の合間にボーカルがMCを入れてる時にチューニングを確認してるのも。

 「どれもかっけぇんだも~ん」
 岳斗は屋上に出るドアをそっと開けた。
 音がしないように気をつけながら。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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