岳斗はそっと屋上に出た。本当は何もない真ん中に立って手を空に向かって広げたいところだけどそんな事して誰かに見られたら大変だ。
出っ張りが出てる壁伝いに沿って、角を曲がった所でちょこんと座ってるだけにするのが常だ。
「う、わっ」
足に何かが引っかかった。
足元になんか何もないと思って、誰かこっちに気付かないか、と気にしてたのは向かいの校舎ばかりだったから。
コケル!
でも痛みが襲ってくると思ったら痛くない。
「う…」
代わりにうめき声。
「……なんだぁ?」
こけた岳斗の頭の上から声がした。
まさか…。
岳斗のこけた身体の下には人がいる。恐る恐る自分が下敷きにしてしまった人の声がした頭の方に顔を上げてみた。
「…………っ!!!!」
千尋先輩っっっ!!!
ぎゃ~~~~っと声を上げたかったけど口を塞いでそれは阻止した。
岳斗が乗っかっていたのは千尋先輩の身体の上だ!
「なんだ、テメー」
「う、わ…ごめんな、さい……」
岳斗が慌てて立ち上がろうとしたら千尋先輩に腕を掴まれた。
「馬鹿!そんな目立つ事すんじゃねぇ!」
千尋先輩が岳斗の身体を引っ張って押さえ込んだ。
ナニコレ!?ナニコレ~~~~~!!!!!?
千尋先輩の手が岳斗の身体を押さえて岳斗は千尋先輩の上で抱きすくめられている。
マジで!?
どうしよう~~~~!!!
心臓がハンパないくらいドキドキしてる。
岳斗の顔の下は千尋先輩の胸だ!
ちょっと待って~~~~!!!心の準備がっ!!!
「おい、急に立ち上がるな。いいな?」
耳に聞こえるのは千尋先輩の声だ。
深くて低くていい声~!
岳斗はこくこくと小さく何度も頷く。
そっと千尋先輩の腕が離れると岳斗の鼻腔にタバコの匂いがふわりと漂ってきた。
「……千尋先輩………?」
「ああ?1年か?2年か?」
本物~?
岳斗の顔はきっと真っ赤になっているはず。
心臓がうるさい!
目の前にいる千尋先輩に岳斗の目は釘付けになった。
千尋先輩が半身を起こして壁際に座りふわ、と欠伸を漏らすと目を岳斗に向けてきた。
「おい、壁際に詰めろ」
髪をかき上げながら言われて岳斗はわたわたと千尋先輩の横に同じように座った。
でも膝を抱えて小さく座る。
どうしよう~~~~???
頭の中がぐるぐると回っている。
目も回りそうだ。
「あ!あのっ!」
岳斗が隣に座っている人を見ると千尋先輩が岳斗を見てた。
見てる~~~!
目の前にいる~~~!
「いつも!ライブ…行って、ます」
「ああ、そう。アリガト」
ありがと、がなんか機械的だ。
でもそんなの気にしない!だって今のは岳斗だけに向けられた言葉だ!
「あの!この間の新しい曲の途中の、ベースの、フレーズがかっこよかったです!あと、シンメトリーって曲のスラップがカッコイイ!あと、ロック調の16ビートが凄くて!あと、あと…」
ぐるぐると頭の中が回っている。
いや目も回ってるかも。
だって目の前に千尋先輩がいるんだもん!!!
思わず興奮して千尋先輩のかなり着崩した制服を掴んでいた。
「……あとは?」
あ、声がさっきの機械調じゃなくなってる。
「あとは!あのギターソロから千尋先輩のベースがグリッサンド入ってドラムが入る曲!…あれ、俺初めてライブ行った時聴いて鳥肌立って!あとは、バラードの曲のスライドの音の上がり下がりがかっこよくて!あとは、あとは……」
息急いて岳斗が今を逃したら二度と伝えられないかもと思って言葉を羅列しまくった。
「ただのルート弾きでも千尋先輩のベースだけ音が違う!他のバンドのベースなんか全然音聞こえないのに…千尋先輩の音だけがカッコイイ!曲だってアレンジだって!全部!」
「……ふぅん?」
ぐ、わっ!!!
目の前に千尋先輩のかっこいい顔があった。
岳斗は興奮して千尋先輩の制服を掴んでいきなり顔を近づけてたらしい。
近くで見たってカッコイイ!!!
ふわりと千尋先輩からタバコの残り香が…。
うわぁ~~!
うわぁ~~!
頭がぐらぐらして倒れそうだ。
はた、と千尋先輩の制服をぎっしりと握り、顔を突きつけるようにしていたのに岳斗は、はっと我に返った。
「あ………」
ぱっと千尋先輩の制服を握っていた手を離す。
「ご、ご……ごめんなさい~~~…」
わたわたと岳斗は壁伝いに這ってドアの方に向かった。
「おい?」
「すみませんでした~~~」
キャーーーって悲鳴を上げたいくらいだ。
何してんの自分!
岳斗はばたばたと階段を下りて自分の教室に戻って行った。
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