「なに?千尋、知り合い?」
「…知り合い…?」
ボーカルの人に聞かれて千尋先輩が首を傾げていた。
う~~~そ~~~~!!!
ムンクの叫びのように岳斗は頬を押さえた。
今日は!
お昼だけでも運を使い果たしたと思ったのになんてこった!まだ運は残っていたらしい!
「え、と…」
でもバイト中だ!どうしようと思ってたら千尋先輩がベースを壁にかけてステージから降りてきた。
「阿部酒店?」
岳斗の前掛けを見て、岳斗を見て、千尋先輩が話しかけてきたのに岳斗はテンばった。
「あ!はい!あのっ!注文の品、届けにきました!」
ああ、と千尋先輩が頷いた。
「こっち」
ぐるぐるする頭のまま千尋先輩の後ろについていく。
背が岳斗よりずっと高い!髪が!うわ…また千尋先輩から香りが…!
「叔父貴、配達だって」
「え?ああ。ご苦労さん……顔、真っ赤だけどどうしたのかな?」
叔父貴~~~!?
千尋先輩の叔父さん!!!!?
「…………」
真っ赤になっている岳斗を千尋が覗き込むようにして見て首を傾げた。
じっと岳斗を見て頭を捻っていると目を大きくして思いついた!という顔をした。
「ああ!昼の!」
ぎゃ~~~!
覚えられてたらしい!
「昼?」
千尋先輩の叔父さんが何の事だ?と首を傾げている。
「ああ、コレ、俺と同じガッコの奴だ」
「ち、ち、ち、千尋先輩っ!あのっ!お昼は本当に失礼しましたッ!」
「別に。バラす気ないならいいけど」
「ナイっ!ない!っですっ!!!あのっ!じゃあ!これでっ!」
わたわたと岳斗が品物を置いて出て行こうとした。
「お前」
「はっ、はいっ!」
千尋先輩に呼ばれて岳斗は思わず直立不動になった。そして岳斗の目の前に千尋先輩が立つと岳斗の顔を覗きこむように屈んだ。
目の前には千尋先輩のかっこいい顔!
「明日もあそこに来い。いいな?」
あそこ、って屋上の事!?
「へ?あっ!の…っ……は、はいっ!」
「…千尋?お前この子脅しでもしてるの?」
声を上擦りながら岳斗が答えれば千尋先輩の叔父さんが呆れたように千尋先輩を見ていた。
「されてないっ!ですっ!」
「してねぇよ。いいか?見つかるなよ?」
「はいぃぃぃっ!!!そ、それじゃ…っ!あの!…明日っ!」
顔はずっと真っ赤なはず。
「失礼しますっっ!!!」
がばっと千尋先輩と叔父さんに頭を下げて岳斗はばたばたと店を出て行った。
うそ~~~~!!!
今日はなんていい日だ!!!
信じられない!
千尋先輩と2回も喋っちゃった!
岳斗だけに向けられた視線。
岳斗だけに向けられた言葉。
しかも!なんと!明日のお約束までだ!!!
明日も千尋先輩と会える。
屋上で二人っきり!…なはず。
「た、だいまっ!」
「おう。お疲れさん。岳斗、ライブハウスの中見てきたか?」
「中?」
千尋先輩しか見えてなかった!
叔父さんの言葉にふるふると首を振った。
「なんだ見なかったのか?壁にビートルズの使ってたのと同じギターとかかかってたのに」
「え!?そうなの!?」
全然見えてなかった!
だって千尋先輩がいたんだもん。
千尋先輩が岳斗を見てくれたんだもん。
昼に屋上で会ったのにも気付いてくれたし。
「岳斗?どうかしたか?そういや顔も赤いな」
「あ!ううん~~!!なんでもないよ!残りの所も行って来るね!」
「ああ、頼むよ」
「あ、ねぇ叔父さん!あそこのライブハウスに配達ってまたある?」
「ああ、あるよ。多分、今まで通りなら」
「じゃ、今度はもっとちゃんと見てこようっと!」
でもきっと千尋先輩がいたらまた千尋先輩しか目に入らないだろうけど。
千尋先輩の叔父さんって言った。
もしかして結構千尋先輩ってあそこにいるのかな?
Linxが楽器持ってあそこにいたってことはもしかしてあそこで練習してんのかな?
仲良くなったら練習みせてもらえないかな?
もう岳斗の頭の中でぐるぐると疑問と期待が回っている。
明日のお昼休み…。
「っしゃっ!!!」
やった!とガッツポーズしながら行ってきます!と元気よく岳斗は配達にでかけた。
バイトしてよかった~~~!!!
なんかいい事だらけだ!
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