「お疲れ様でした~」
「おう。気をつけてな!ご苦労さん」
「は~い!」
バイトが終わって家に帰るんだけど…。
どうしよう…?
50’sに行きたい!ものすごく!!!
でも…まさか、来ていいみたいなこと千尋先輩は言ってくれたけど図々しいすぎる気がしないでもない。
だって…。
でも行きたい。
でも…。
とりあえず今日は我慢しておこうと岳斗は大人しく家に帰る事にする。
家の方向と50’sは反対方向。
叔父さんの酒店を出てから家の方に向かって岳斗は歩き出した。
今日もいっぱいいい事があったからもっといい事は明日に取っておこう。
お昼の千尋先輩を思い出すともう顔がふにゃっとなってしまう。
あのカッコイイ人がぱくんって…!
それにバイクの姿も…。
名前も呼んでくれた。
はぁ~と岳斗は大きく溜息を吐き出す。
頬も触られたし。
「今日も濃かった…」
昨日から岳斗に一体何が起こっているのか。
岳斗の中はもう千尋先輩の色々な顔で溢れそうになっている。
ライブの時と学校でちょっと見かけただけでも千尋先輩に夢中だったのに、こんなに千尋先輩の素に触れたら溢れてしまうのは当たり前だ。
おまけに普通だったらライブの時が一番カッコいい!と思うだろうに、千尋先輩は何したってかっこいいんだから困ってしまう。
もうずっとドキドキしてどうしようもない。
好き、だ。
でもさ…。
千尋先輩はもてるし、彼女だってきっといるだろうし、もしいなくたって千尋先輩だったら一晩だけでもって女の人だっていっぱいいるだろう。
いくら岳斗が好きだって報われるはずなんかあるはずない。
それに岳斗は普通だ。
何がって、全部がいたって普通!
可愛いわけでもカッコイイわけでもないし、頭いいわけでもない。
そんなの分かってるけど!
あ~あ…男だって可愛いのとかたまにいるけど、そういう風に生まれればよかったのに。そしたらもしかしたら…。
いや、だから!万が一可愛かったとしても千尋先輩がわざわざ男にいくはずねぇって!
はぁぁと岳斗が溜息を吐き出した。
でも好き。
もう仕方ないでしょ。
勝手に好きなら別にいいよな…?
岳斗が苦しいだけなんだから。
今日もそろりと屋上に行ってみた。
別に千尋先輩と今日は約束してたわけじゃないけれど。
「ぁ……」
いた!
「…千尋先輩」
「…ん?」
また寝てる。
「ああ…岳斗か」
寝起きでなのか声が少し掠れてるのにどきっとする。
「ね…頭とかコンクリで痛くない、の?」
「ああ?…痛ぇっていうか、酷い………丁度いいな、お前足貸せ。少しはましだろ」
「えっ!?」
壁に寄りかかって足を前に投げ出している岳斗の足に千尋先輩が頭を乗せた。
ま、ま、ま、まじっすか!?
千尋先輩の顔が、頭が岳斗のすぐ目の前にある。
「弁当食っていいぞ?落とすなよ?」
「お、とさない、けど…」
弁当箱を持って食べ始める。
「千尋先輩」
ん!と千尋先輩の口元に箸を差し出すと千尋先輩が口を開けた。
食うんだ?
くすっと思わず笑ってしまう。やっぱ可愛い!!!
おかずを何個かおすそ分けして弁当を食い終わるけど、目の前にある千尋先輩の顔に落ち着かない。
でも動けないし、岳斗はただひたすら固まっているようにじっとしていた。
そして目を閉じている千尋先輩に思わず見入っているとぱっと千尋先輩が目を開けたのにびくんとした。
「お前、こねぇの?」
「え…?」
「50’s。来るんだと思ったら」
「行って…いい…?」
「いいって言っただろ?」
「行く!…行きたかったけど…俺……図々しい、かなって……」
くっと千尋先輩が笑った。
「今日?」
「今日、俺バイト、ないんだ…でも家近くだから…行っていい…です、か…?」
千尋先輩はどうぞと言わんばかりに肩を竦め、そしてまた目を閉じた。
いい、んだ…。
まさか千尋先輩から声かけられるなんて思ってもみなかった。
やっぱ少しは特別だよな?
岳斗が千尋の秘密を知っているからだからだろうけど。
それだって特別だ。
それにほら、今だって…。
千尋先輩に膝枕……!
写メしたい!
ほんとはバイクの昨日のとこも今も全部写メして取っておきたい!
でもさすがに、それはな…と岳斗だって考える。
あ~…仕方ないから目に焼き付けとこう!
髪触ってみたいなぁ…。
だめかな…。
ダメに決まってるけど。
「ぁ…」
風で千尋先輩の髪が一房口にかかった。
それを避ける位なら…。
岳斗がそっとその髪を避けてやると千尋先輩の口角が仄かに上がった。
テーマ : 自作BL小説
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