今日は雨降りで屋上は行けない。
あ~あ、とがっくりくる。
千尋先輩はどこにいるんだろう?
教室?
あんまりマジメじゃない千尋先輩はよく呼び出しとかもされている。
千尋先輩はそういえば3年生だ。進路ってどうするのかな?
岳斗が色々考えるのは千尋先輩の事ばかり。
そういう岳斗は高校を終わったら地元を離れようと思っていた。
田舎だから。
女を普通に好きになれない自分はきっと年を取るにつれ住みにくくなるはずだ。
結婚は?
絶対言われるだろう。
それなら最初から離れた方がいい。
自分が普通と違うと分かった中学の頃から決めていた。
親には大学は県外で一人暮らしをしてみたいからって言って。
親も経験だからとそれは了承されていた。でも岳斗はそのまま帰って来るつもりはない。
千尋先輩はメジャーデビューとか考えてるんだろうな…きっと。
そしたら東京?
少しでも傍にいたい、なんて思ってしまう事が間違ってるだろうけど…。
岳斗の中心はもう千尋先輩だった。
「長谷川、谷村が呼んでる」
2年になってクラスが別になった谷村が岳斗の所に来る時は忘れた教科書を借りるときとLinxのライブチケットがある時だけだ。
「ライブ」
「行く!」
即決で答えて金を渡してチケットを貰う。
「いつ?」
「来週の日曜」
…聞いてない…。
言ってもらえないのかな…、と岳斗はちょっとしゅんとしてしまった。
「どした?嬉しくねぇの?」
「いや!嬉しいよ!」
「カッコイイ千尋先輩だろ!」
「うん」
「……なんでヤローにそんなに夢中かな?」
「だって!カッコイイだろ?」
「まぁ、確かにカッコいいけど…」
そこは谷村も同意する。
「じゃいつもと同じ時間だしいつもと一緒な?」
「うん、分かった!」
初めて連れて行って貰った時から谷村とは同じトコで待ち合わせしてライブ見てそれだけでバイバイ。
簡単でいいけどね。
ほとんど毎日千尋先輩と会っていた。
お昼に屋上で。
あとは50’sで。
でも50’sには結局あんまり行けてない。
千尋先輩も千尋先輩の叔父さんもいいよ、と言ってくれたけど客でもないのに店に陣取ってるのも落ち着かなくて。
やっぱり配達にいってちょっとだけ話す、が多かった。
屋上でも千尋先輩は寝てるのが多いし、それ邪魔しちゃいけないかな、とか。
一回膝枕してからお昼休みの岳斗の足は千尋先輩の枕だ。
おかずをちょっとわけて。
あとはあんまり喋らないから…。
ライブの日程も聞いてないし。
でも今日は屋上にも行けなくて千尋先輩が足りない。
バイト休みだし50’sに行こうかな…。
携帯の番号もメアドも知らないから行っていいですか?と聞く事も出来ない。
でもいいって言ってくれてるから…。
屋上で会えてない分どうしても足りない。
やっぱり行こう!と岳斗はうん、と一人で頷いた。
一回家に帰って着替えて。
「俺今日50’sに行ってくるね!ちょっと遅くなるかも」
ちゃんと母親に伝えて。
いつも行き先も伝えるし、信用されているのか遅くなる時も別に怒られる事もなかった。
「ご飯とっといてね!」
当たり前でしょ、と笑われて、ちょっとしてから家を出た。
あんまり早くても千尋先輩は来てない時もあるから。
小降りになってきた雨の中を傘差してとぼとぼと歩いた。
毎日会ってるのにライブある日も教えてもらえないって寂しい。
あ、お店の前にバイクがない…。
雨だから?それとも来てない、のかな…。
50’sの前にいつも停めてあるバイクがなかった。
いなかったら?
でも毎日ほぼ来るって言ってたし…。
ドキドキしながら階段を下りていく。
あ、れ…?
もしかしてっ!
音が漏れてきていた。
Linxだ!千尋先輩の音だ!
急いで階段を下りて岳斗はドアを開けた。
「だからちげーって言ってんだろっ!」
「何が言いたい!?」
「いいから、落ち着けっ」
演奏が止まったと思ったら、なにやら声が入り乱れていた。
ギターの人が千尋先輩の方に詰め寄る感じでボーカルの人が押さえている。
「ぁ……」
千尋先輩と目が合った。
そして溜息を吐かれた。
来てダメ、だった、かな…。
「ごめんなさい…」
岳斗は小さくなってドアからまた出て行こうとした。
「岳斗」
千尋先輩の声に岳斗が顔を上げた。
あっち行ってろ、と千尋先輩が顎をしゃくっていつも納品する方のスタッフルームの方に向けた。
いて、いい…?
岳斗はこくんと頷いてそそっと千尋先輩の叔父さんがいるだろうスタッフルームにこんにちは、と言って入っていった。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学