「おや?今日は配達じゃないよね?」
「あ、違います…」
座って、と勧められて岳斗はちょこんと黒いソファに座った。
「あ…」
音が聴こえてきた。
千尋先輩の音だぁ~!
見たいな、ダメかな…。
立ち上がってスタッフルームの入り口から顔を出して千尋先輩を見る。
やっぱかっけぇし!!!
にまにまと顔が緩んでくる。
どうしても千尋先輩がいると目も耳も千尋先輩にしか向かない。
じいっと千尋先輩ばかり岳斗は見ていた。
でもなんかいつもより音が…。
岳斗は首を傾げた。
「あの…千尋先輩の叔父さん…」
「ん~?」
「千尋先輩…どうかした、のか、な…?」
「…どうか?」
「なんか音…がいつもと違う?…感じ…?」
千尋先輩の叔父さんは書類や伝票を仕分けしていた手を止めた。
「…ああ。そうだね。まぁ…楽器ってその時の気分や感情が出るから」
それだって千尋先輩は十分かっこいいけど!
「…叔父さんも楽器するんですか?」
「まぁね」
岳斗は千尋から視線を逸らさないまま、耳は千尋のベースに集中しながら叔父さんに聞いてみる。
「千尋先輩が音楽しているのは叔父さんの影響?」
「だろうね…。バイクもそう。まったく…似なくていいのに…」
叔父さんが苦笑していた。
「でも!千尋先輩のベースって特別でしょう!?いつも俺、ライブ行っても千尋先輩のベースしか聴こえないんだもん…ギターだってドラムだって鳴ってるのは分かるけど、でもいっつも千尋先輩のベースしか聴こえないんだ…深くていい音で…響いて…」
じっと千尋先輩を見ていたら千尋先輩が岳斗の方を向いて目が合った。
岳斗がどきっとしたら難しい表情を浮べていた千尋先輩がふっと表情を緩めた。
「あ……」
音が変わった。
いつもの音だ!
千尋先輩の低い位置で弾くのがカッコイイ。
左手の長い指がフレットを押さえるのも…。
「いつもの音…」
へへ、と岳斗はにこりと笑って千尋先輩を見た。
う~~~!やっぱかっけぇよぉ…!
いいなぁ、と思う。
あそこのステージで千尋先輩と一緒に立てたらきっと気持ちいいだろう。
残念ながら岳斗は何も楽器も出来ないし、歌だって上手くないので、どうしたって無理だけど!
片付けを始めたLinxに岳斗はいいかな?と思いながら千尋先輩に近づいた。
「千尋先輩っ」
「…来たのか」
「うん。……あの…ダメ、だった?」
シールドをくるくると丸めてる千尋先輩に小さく聞いてみる。
「いや、別にいい」
…よかった、と岳斗はほっとした。
「何、千尋。それ、前も見たな?」
ギターの人が岳斗を睨むように見ている。
「ああ」
「…なんか見た事あるような?」
ボーカルの人も岳斗をみて呟く。
「ガッコの後輩だからだろ」
…そうですね。それだけだけど…。
「誰もシャットアウトなのにそいつだけはいいんだ?」
ギターの人が突っかかった言い方で千尋先輩に言ってる。
本当に誰にも練習は見せてないんだ!?
「ああ」
千尋先輩の口数は少ない。
「俺、来ないほう、よかった…かな」
なんとなくギターの人が険悪な感じだ。
思わずしゅんとしてしまい、小さく呟くと千尋先輩が手を伸ばしてきて岳斗の頬をぎっと引っ張った。
「気にするな。お前の所為じゃない」
う、わっ!
また触られちゃった!!!
思わず顔が真っ赤になる。
だってあのベースを弾いてた手だよ?
岳斗はうん、と小さく返事する。
じゃ、といたってあっさりLinxのメンバーが帰っていってホールには千尋先輩と岳斗だけになった。
千尋先輩のベースが聴けた!と思わず岳斗の顔が緩んでしまう。
その岳斗の顔を見て千尋先輩がふ、と笑った。
「…満足?」
「うんっ!……途中までどうした、の…かな?」
「ん?」
千尋先輩が眉を顰めた。
「え、と…あの…いつもと、違う感じ、だったから…」
「ああ………。お前耳いいな」
「え?そう?」
それはきっと千尋先輩のベースの音に限ると思うけど。
「……楽器、しねぇの?」
「出来ないっ!小さい頃にピアノ習いに行った事あるんだ!親も音楽好きで俺も音楽に合わせて踊ってたりしてたらしくていいかも、と思ったらしいんだけど……すぐやめた」
「…なんで?」
「だって練習ってのが…無理っ!合わない!」
岳斗が力を込めて言うと千尋先輩が肩を震わせて笑った。
「…そりゃダメだ」
「それにじっと座ってられない子だったんだよね、俺」
そう言ったらさらに口を押さえて笑ってる。
千尋先輩が笑ってくれるなら本望ですけどね!
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