千尋先輩が自分のベースを磨いているので、岳斗はゆっくり店の中を眺めた。
いつもぱたぱたしててちゃんと見ていなかったから。
「うわ、ヘフナーのヴァイオリンベース、リッケンバッカー、グレッチのギター……本物?」
「物は本物。年代も当時物だな。勿論本人が使ったモンじゃないけど」
へぇ~…。
「リッケンバッカーって小さいね」
「ショートスケールだから。……詳しいな?」
「好きだもん!ロック、好き!」
鼻歌でツイスト&シャウトを口ずさむ。
「…今日はコピバン来るけど?」
「え!?そうなの!?」
「ああ。俺も入る」
「ほんとっ!?……でも、ヘフナーでするの?」
千尋先輩にヴァイオリンベースは合わない気がする…。
思わず岳斗が顔を顰めたら千尋先輩がまたくっと笑った。
「コレでするさ」
自分のベースを撫でている。
その表情が柔らかくて、ベースが好きなんだなぁ、と思ってしまう。
「ちょっとギターするか?」
「え!?」
「ツイスト&シャウトならスリーコードだけで出来るから」
「無理だよ!」
「パワーコードなら簡単だ」
千尋先輩がリッケンバッカーを手に取ってステージに座り込んでチューニングをはじめるのに岳斗も隣に座った。
「コードはこれと、これと、これ、だけ。指の形一緒だからフレットの位置変えるだけ。簡単だろ?」
千尋先輩の指がギターのコードを押さえてじゃらんと弦を鳴らす。
「千尋先輩、ギターも出来る、の!?」
「一応」
コードを押さえてツイスト&シャウトのリズムで鳴らす。
「おおお!!!」
「曲知ってるなら簡単だ」
ホラ、と手渡されて持たされた。
「え、ええ…でも」
「いいから。まずここ。人差し指で一番上の弦押さえる感じで…」
千尋先輩が座ってる岳斗の後ろに立って耳元で話している。
そして千尋先輩の指が岳斗の指を持っておさえるフレットの位置を教えてくれて…。
「タンタタ、タタ、ターでこっちのコード」
うわぁ~…
千尋先輩の声が、声が近いよ!
ぞくぞくと岳斗は背筋を震わせた。
「ち、ち、千尋先輩っ」
「ん?」
「近、いっ!…声、よすぎるから…ヤバイよっ!!」
思わず耳を押さえて真っ赤になって岳斗は千尋先輩を見た。
「…声?イイ、んだ?」
くっと笑われる。
そして千尋先輩ががしっと岳斗の肩に手をかけてさらに耳に口を近づけた。
「…岳斗…」
ふっと耳に息を吹きかけられながら甘い声で名前を呼ばれ、その瞬間に千尋先輩の唇が岳斗の耳を掠めた。
岳斗は顔から火が出そうなほど真っ赤になって俯いて震えた。
ど、ど、ど、どうしたら…いいのぉ?
すると千尋先輩が口を押さえて笑い出した。
「面白い奴…」
「も~~~~!!!ふざけないでっ!」
からかわれてるだけって分かるけど!心臓に悪い!!!
もう心臓がハンパない位にドキドキしてる。だって!だって!
「ほら、やってみろ」
岳斗がこんなにドキドキしてるのに千尋先輩は勿論普通で、弾いてみろと促されたのに岳斗はコードを押さえてじゃらんと鳴らしてみる。
「続けて」
ええと…
顔はまだ熱いけれど、頭に曲を流してたどたどしくギターを鳴らしてみる。
タンタタ、タタ、…ター…
繰り返して何度も。
すると千尋先輩が隣でベースを構えてベースラインを弾いてくれる。
う~~~~わ~~~~…
一緒にしてる…。
シールドをつなげてるわけではないからちゃんとした音じゃないけどしん、としてるから音は聴こえる。
「ち、ち、千尋先輩~~~」
思わず右手で隣に座っている千尋先輩の服を掴んだ。
「出来るだろ?」
得意そうな千尋先輩の顔に岳斗はこくこくと頷く。
でも自分が出来たって事より千尋先輩と一緒に出来たのが嬉しくて!
「えへへ~~~~…すっげ嬉しい~~!」
満面の笑みを浮べてるのが自分でも分かったけど、その岳斗の頬を千尋先輩が手の甲でついと撫でてくれた。
「……ああ……そんな気持ち忘れてた、な…」
「ん???何?」
「初心者の気持ち。弾けて普通になってたから」
「そりゃ千尋先輩はそうでしょうけど~!俺からしたらすっげ~!って感じ!俺、天才!?」
ぶっと千尋先輩がふき出す。
「お前ホント面白い」
「面白い、かなぁ…?そんな事言われた事なんてあんまないけどなぁ?」
雨降りでお昼には会えなかったけどまた今日も嬉しい事が増えた。
もう千尋先輩が岳斗の中で増えていく一方でどうしたらいいんだろう…?
この気持ち、どこに出せばいいのかな…?
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学