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翼は本当にあったんだ。 4

 コピバンの演奏に千尋先輩も入って、それを堪能した後、お客さんが増えてきたのでお金も払わない岳斗は帰ることにする。
 1ステージ千尋先輩の演奏を見られただけでも得した気分だ。

 「俺、お客さん多くなってきたし、帰るね」
 ステージステージの合間はバーテンとして働く千尋先輩は忙しそう。
 バーテンの時は髪を後ろで括っているのもちょっとドキドキする。
 「ああ」
 「千尋先輩、ありがと。…千尋先輩のベースやっぱカッコイイ!」
 やっぱり曲が違っても何して目を惹かれるのは千尋先輩だけだった。
 「……どうして、かなぁ…?」
 「ん?」
 帰ると言った岳斗と一緒に千尋先輩も外に出てきた。
 そして外に出るとすぐに煙草に火をつける。
 ふぅ、と紫煙を燻らす姿にくらくらしてしまう。

 「雨、上がったな」
 「あ!そうだ、ね」
 千尋先輩が煙草を吸っている間はまだいてもいいよ、ね。
 「…タバコ…見つかったらヤバくない?」
 岳斗が言えば千尋先輩は肩を竦めるだけ。
 「…明日、晴れる、かな…?」
 晴れれば屋上に行けるけど…。
 約束してるわけじゃないけど…。

 千尋先輩がタバコを消した。
 「……じゃあ、…帰る、ね」
 「ああ」
 千尋先輩が手を上げて階段を下りていくのに姿が見えなくなってから岳斗は家に向かって歩き出した。

 ギターちょっと教えてもらって、あんなぎこちない岳斗の音に千尋先輩のベースが重なって…。
 おまけに…。
 ……岳斗……
 耳に響いた千尋先輩の声を思い出し、腰砕けになりそうになって岳斗はまたしゃがみ込んだ。
 耳に…。
 ぶわっとまた顔が熱くなってくる。

 絶対わざとやってるんだ。
 いったい千尋先輩は岳斗をどう思っているんだろう?
 ただからかって面白い奴、としか思ってないだろうけど…。
 でもいいや…。
 少しは特別。
 バンドのメンバーしか知らない事の中に入れてもらってるんだ。
 ほんの1、2週間前までは岳斗の事なんて千尋先輩は知りもしなかったのに。

 でもやっぱりライブがある事は言ってくれないんだ…。
 つき、と心が痛む。
 岳斗が千尋先輩のベースを好きなのはもう知っているはず。
 だってこうして50’sに誘ってくれる位なんだから。
 それなのに教えてくれないなんて…。

 チケットは谷村から買ったからいいけど、その前に千尋先輩から教えて欲しかった。
 「……こんなの我儘だ」
 だって話すようになったばっかりなんだから。
 ほら、携帯だってメアドだって知らないし。
 まさか岳斗から番号教えて、なんて言えない。
 ちょっと中に入れてもらっただけでいい気になるな。
 そう思っても、帰ると言った岳斗を見送るように出てきてくれた千尋先輩にちょっとはやっぱり期待してしまう。
 ただ単にタバコを吸いたかっただけかもしれないけど。
 岳斗はすくっと立ち上がった。
 「……帰ろ」
 一言呟くととぼとぼと傘を振り回しながら家路に向かった。

 もっと、なんて求めてなんていけないんだ。
 千尋先輩はいたって普通の岳斗なんかと比べ物にならない位凄いんだから。
 こうして少しだけでも中に入れてもらってるのに。
 それだってたまたま岳斗が千尋先輩の秘密にしてる所にのこのこと顔を出してしまったからだけど。
 
 インディーズなのに追っかけがいるくらいだし、学校でだっていつも女子に囲まれてるし、カッコよくて、しかもベースは凄くて、きっと有名になっちゃうような人なんだから。
 でも毎日毎日千尋先輩を知る度に、新しい千尋先輩を見る度に好きが大きくなっていく。
 がっくりするとこなんてとこ一つもなくて。

 千尋先輩のベースが好き。
 低い響く音が岳斗に鳥肌を与える。
 ああ、声もベースと一緒なんだ、と思った。
 低くて響いて時折甘い…。

 だからぞくぞくしちゃうのかな…?
 誰でも皆そう思ってるのかな?
 でも谷村はカッコイイとは言うけれどそれだけみたいだし。
 こんなに感じてしまうのは岳斗だけ?
 岳斗だってただカッコイイだけのはずだったのに、今はもう千尋先輩の全部が好き。
 ベース弾いてるとこじゃなくてもだ!

 ただタバコの煙をふぅっと吐き出すだけでもかっこいいし、岳斗の差し出したおかずを食べてるとこなんて可愛いし。
 くっと皮肉的な笑いも、ベースを愛おしいように弾く時の笑みも、岳斗に対してぷって笑うときも、同じ笑うでも全然違うけど、でも全部好きだ。
 バーテンとして働いてる時だってかっこいい。
 バイクから降りた時だってもうモデルみたいだ。
 髪をかき上げるのも。
 昼寝してるときの寝顔も。
 もうあげていったらきりがないんだ。
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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