「ぁ…」
移動教室の時に廊下で千尋先輩とすれ違った。
岳斗はクラスの友達と一緒。
千尋先輩は相変わらず女子に囲まれてて千尋先輩の腕には女子が絡まっていた。
千尋先輩…。
岳斗の目が千尋先輩の姿を追うと千尋先輩も岳斗に気付いて目が合った。
見てくれた…。
思わず千尋先輩にだけ分かるようににっとちょっとだけ笑う。
でもそれだけで、後は女子がチヒロ~、なんてシナを作って千尋先輩に触ってるとこを見たくなくて、それ以上岳斗は千尋先輩に視線は向けなかった。
「すげぇな…あれだろ?千尋先輩って?バンドしてるっていう」
「そうそう。女子食いまくりだって。ウラヤマシ~~」
「確かに見た目いいなぁ…やっぱ外見よくねぇとだめだよな」
あははとクラスの奴が笑ってる。
外見だけじゃなくて、本当に演奏も凄いのに!
「いいなぁ…俺もモテたい」
「お前の顔じゃ無理だろぉ。バンドでもする?そしたらもしかしたらちょっとはモテっかもよ?」
「無理~できねぇよ!そういや長谷川ってライブ行ってるんだっけ?」
「…うん。行ってるよ」
「どお?やっぱすげぇの?」
「うん。すごいよ…」
いっぱい千尋先輩のすごいとことか言いたいけどそこは言ってもきっと分かってもらえないだろうし、自分がいきすぎてるのも自覚してるので言うのはやめたほうがいい、と思う。
口開いたら止まらなくなりそうで絶対引かれる。
千尋先輩はどこ行くとこなんだろう?
教室で授業受けてる千尋先輩ってどんなかな?とあんまり想像できなくて笑ってしまいそうになる。
制服も着崩しているし胸には煙草が入ってるし、髪も長くて、授業もサボリがちみたいだし。
でもなんか成績はいい、みたいな事は噂で聞いたかも。
なんで授業聞かないで点数とれるのか謎だ。
絶対岳斗には無理。
やっぱ凄い人は何でもすげぇんだ。
そして普通の人は何したって普通なんだ。
そう思って岳斗は自分でちょっと凹んだ。
お昼休みに屋上に行くと千尋先輩はいなかった。
なんだ…今日は晴れたし会えると思ったのに。
一人はツマンナイ。
だからって教室に戻る気にもならなくていつものように壁に背中をつけて足を延ばすと弁当を手に持ち、もそもそと食べ始めた。
すると影から人影が現れる。
「ぁっ……千尋先輩っ…!」
「…いたのか」
「う、ん……こない、かと思った……」
思わずほっとして岳斗はふにゃっと笑った。
千尋先輩がちょっと驚いた顔をしてから微かに口の端を上げ、そして岳斗の足を枕にして横になる。
「はい…」
岳斗がおかずを差し出すと千尋先輩が口を開けた。
これが可愛くてついあげちゃうんだ。
いつもと一緒だ。…よかった。
「…授業、出てた、の?」
「出るさ。高校は卒業しないとマズイだろ」
「千尋先輩が体育してるとこなんて想像つかない…」
「………」
じろりと千尋先輩に睨まれた。
「運動神経だって俺は悪くないぞ」
「悪いって言ってないし!」
軽口が嬉しい。
でもよくあんなにいつでも誰かが千尋先輩にくっ付いてる感じだし目立つのに一人でここに来られるなぁ、と不思議に思う。
授業サボってそのままいるなら分かるけど授業受けて教室出てくるなら誰かついてきそうな気がするけど。
じっと見てればなんだ?と千尋先輩が聞いて来た。
「え?どうやって見つからないでここに来られるのかな?と思って」
「そんなの睨みつけりゃ簡単だ」
あ、そうですか…。
それでもついてきそうな気はするけど、とは黙っておいた。
普通の岳斗には分かるはずないから。
でも他の人は睨みつけて追い払ってきて、それでも岳斗はここにいていいんだ、と思えればやっぱり嬉しくなってくる。
千尋先輩にちょこちょこおかずあげて自分も食べて。
「……お前」
「ん?」
千尋先輩がぷっと吹き出すと手を岳斗の顔に向かって伸ばしてきた。
「ついてる。幼稚園児か?」
口の端を拭われたのに思わず岳斗はぎゅうっと目を閉じた。
うわっ!
千尋先輩の指が岳斗の唇の端に触れている!
「ガキ」
「ぅ……」
心臓がうるさいっ!
そして千尋先輩は目を閉じた。
「予鈴の前に起こせ」
「…はい」
そう言ってすぅ、と寝てしまう。
きっと50’sで遅くまでバイトしてるから、かな?
いつもここで千尋先輩は寝ている。
小さく千尋先輩に分からないように岳斗は深呼吸を繰り返す。
心臓がドキドキしてるけどまさかこの音千尋先輩には聞こえないよな…?
ホント心臓に悪い、と思う。
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