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翼は本当にあったんだ。 6

 いっつも、いつも、いつも、いつも…!
 千尋先輩といると心臓がドキドキして大変だ。
 何かあると顔はすぐ真っ赤になるし!
 勿論、勝手に岳斗がドキドキして動揺してるだけだけど!

 …それにしても…。
 ライブの事は結局教えてもらえないままライブの日になってしまった。
 ほとんど毎日会ってたのに…。
 来なくていい、って事なのかな…?
 来るな、って事…?
 そう思いながらも千尋先輩が弾くのに見ないわけにはいかない。

 「よう!」
 「…おす」
 谷村との待ち合わせの場所に行って一緒にライブハウスに入る。
 スタンディングのみで対バンは3バンド。
 そのうち人気も実力もかねてるLinxは最後だ。
 会場にすでに千尋先輩もいるはず。
 前回来た時はこんなに毎日のように会って話すようになるなんて思ってもいなかった。
 ただただ憧れて見てただけ。
 でも今は違う。
 
 ドキドキしてライブがはじまるのを待った。
 一番初めに見た時とは違う高揚感がしてくる。
 岳斗の目的は今では千尋先輩だけ。
 だって千尋先輩しか見えないし聴こえないから。
 他のバンドの曲だって勿論聴こえるは聴こえるし、いい曲だな~とか、うまいな~とか思う事もあるけれど、でも千尋先輩だけは特別だった。
 魂が震える。心がざわつく。
 どうしてかなぁ?皆はならないのかなぁ?と不思議で仕方ない。
 
 Linx!
 照明がかっとLinxを浮かび上がらせた。
 青い光。
 千尋先輩のベースからの入りだ!
 黒のライダースに革パン。今日はバイクかな?なんて思わず思ってしまった。
 ギターとドラムが入ってきて…。
 ボーカルも。
 でも岳斗の耳と目は千尋先輩にしかどうしたっていかない。
 相変わらずチヒローーー!という黄色い声がたくさんある。
 そんな声出さないで曲の間は聴けよな!と思ってしまう。
 ギターやボーカルの名前も呼ばれてるけどやっぱりどうしたって千尋先輩が一番多い。

 低い位置のベースに長い手足。
 撫でるように、愛撫するかのようにネックを動く長い指。大きな手。
 ピックで弾(はじ)く弦。
 千尋先輩のベースの音には余計な音が入らない。
 研ぎ澄まされた音。
 低く腹に響く音。
 普通だったらバスドラの方が響いてくるだろうにやっぱり千尋先輩のベースが一番響いてくる。

 やっぱかっけぇよぉ……

 毎日会ってる人なのに。
 顔が興奮して紅潮してくる。
 千尋先輩っ!
 …って、岳斗だって呼びたい!
 ここにいる!気付いて!ってホントは言いたい。

 ちょっとは俺特別になった?

 聞いてみたいけど聞けない。
 毎日苦しい。でも嬉しい。
 ここで演奏してるベーシストの千尋先輩は岳斗の千尋先輩じゃなくてLinxの千尋先輩だ。
 1曲目が終わって短いボーカルのMC。そして曲の紹介。
 今度はバラードだ…。
 メロディアスなベースラインはスライドで上がっていく。
 そして半音で下がっていくルート音。
 千尋先輩は目を閉じてベースを操っていた。
 あんなんだからきっと女子は抱かれたい、とか思っちゃうんだ!きっと!
 だってベースの上を辿る指が…。

 岳斗はふるふると小さく首を振った。
 何考えてんだよ自分!と自分に突っ込む。
 しっとりとしたバラードを終えると、ちょっと長いボーカルのMCとメンバー紹介。
 その合間に千尋先輩はチューニングしてペグを触っている。
 じっとひたすら岳斗は千尋先輩だけを見ていた。
 千尋先輩の紹介で大きな黄色い声が飛んで、千尋先輩は早弾きで応える。
 そしたら、はっとした顔をして千尋先輩が岳斗の方を向いた。

 え!?
 気付いた…!?
 うそ…?

 視線が合ってる、はず。
 そしてふっと表情を緩めた、ように見えた。
 ほんとに気付いて、る…?
 じっと岳斗は千尋先輩だけ見ている。
 でもそれはいつもの事だったのに、今日は違う。
 千尋先輩、やっぱ見てる…?
 何度も千尋先輩の顔がこっちを向いている。
 ホント…?
 
 千尋先輩…

 口で声を出さないでぱくぱくと呼んでみた。
 ふ、とまた千尋先輩が目を細めたのに岳斗は泣きそうかも…とちょっと目が潤っとしてしまった。
 だってこんな沢山の観客いるのに千尋先輩がその中から岳斗を見つけてくれたんだから。

 汗が千尋先輩の額を伝っている。
 時折頭を振って張り付く髪をはらっている。
 全部カッコイイ…。
 ぼうっとして岳斗は見惚れた。
 一番初めてのライブ行った時も思ったけど、やっぱり千尋先輩の背中には真っ白な翼が見えるような気がする。
 今はまだ折りたたまれている翼だ。
 それを広げた所が見てみたい。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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