岳斗がぼうっとしたままLinxの演奏は終わってしまった。
それでもずっと視線は千尋先輩から外せない。
やまと…
え?
千尋先輩がベースのシールドを抜きながら岳斗の方を見て口を開いた気がした。
俺?
思わず岳斗は自分を指差して千尋先輩の方に向かって頭を傾げたら千尋先輩がこくっと小さく頷いたように見えた。
待っとけ…
くいっと出口の方を顎でしゃくってそう言ったように見えた。
岳斗がこくこくと何度も頷くとまた千尋先輩がふっと笑った。
そしてそのままLinxは裏に消えた。
待ってていいの…?
でもホント…?
イマイチ自信がない。
谷村とライブハウスを出ながらも岳斗はまだぼうっとしている。
「相変わらずかっけ~ね!」
「うん……」
終わって谷村が話しかけてきても岳斗は上の空だ。
「どしたの?いっつもかっけぇ、かっけぇって興奮状態なのに」
「うん…あ、あのさ、俺、今日用事あっからこっちから帰るから」
いつも一緒に向かう駅じゃない方を岳斗は指差した。
「あっそ?んじゃまた明日~」
「うん!バイバイ」
谷村は何も疑問もないのか軽く手を振ったのに岳斗も手を振って別れた。
ホントに待っとけ、って言ったのかな…?
出待ちをしているのか女子が何人もまだたむろしている。
岳斗はガードレールに腰かけて千尋先輩を待った。
ホント、かな…?
ただの自惚れだったらどうしよ…。
笑うしかないか。
千尋先輩が出てきてどうした?なんて言われたら凹む。
やっぱ帰ろうかな…。
岳斗の頭の中がぐるぐるしてしまう。
どれ位待ったのか?
まだ出てくる気配はなくて、待っていた女子もちらほらと帰り始めるのに、やっぱり岳斗も帰ろうかな、と思ってきた所だった。
キャーという声が響いてきたのにはっとした。
Linxが出てきた。
そして女子に囲まれてるのに岳斗はただそれを見てるしかない。
じゃあな、とメンバーが別れても千尋先輩には何人もついてきてる。
うわ…、やっぱり俺、邪魔……。
チヒローと何人からも声がかかっているのに千尋先輩はきょろっと見渡して岳斗を見つけた。
すると真っ直ぐ千尋先輩が岳斗の方に向かってきた。
「…分かったか?」
「……うん……」
千尋先輩はライダースの革ジャンに革パンのまま。背中にはベースを担いでいる。
「あの、でも…ほら…」
チヒロー、とか誰アレ?とか岳斗の事まで言われてるのに岳斗はかぁっと顔が赤くなってくる。
「別にいい。行くぞ」
行くぞ、って何処に?と思いながら千尋先輩に腕を引っ張られたのでついていった。
ライブ後に一緒って…。
うわぁ、どうしよう…と思いながら口が開けない。
ほら、今日の感想とか!あるだろ!?
「お前、家50’sの近くって言ったな?」
「あ、うんっ。歩いて15分位、かな」
「…バイクでいいなら送ってくけど?」
「えっっ!!!いい、の!?」
「メット、半帽積んでたはず…確か」
うわ~~~!うわ~~~!!!マジで!?
「代わりにベース背負えよ?」
「それはいい、けど…俺が背負っていい、のかな…?」
嬉しいけど!嬉しいけど!
千尋先輩の大事なベースを任せてもらえるって事だよね?
「バイクちょっと離れたトコにおいてるから」
「うん。……あのね…千尋先輩…そ、の…かっけぇ、かった……デス」
なんとなく毎日会ってる人に面と向かってそんな事言うのも恥ずかしい。本当は毎日どこもかしこもかっけぇ!と言いたい!……ちょっとさすがに照れて言えないけど。
「一番初め!ベースからのカッコイイ!!!今日の全部新曲だよね!三連符のもよかった!あんまないよね!あとバラードのあの下がってくとことか!すっげカッケぇかった!」
一回口を開いたら岳斗の口は止まらなくなった。
音楽は出来なくても用語とかは分かる!親が話してるのとか聞いてたから!ホント親に感謝だ!
千尋先輩は黙って岳斗の言う事を聞いてるだけ。でも表情は悪くなさそうな感じで岳斗はさらに調子ついてしまう。
「ロック調のもやっぱノリいいし!なんであんなにいっぱい曲……って。曲って誰が作ってるの?」
「ほとんど俺。あとはちょろちょろ」
「マジで!!!!?……すげ……じゃあ、あれは?あの千尋先輩がグリッサンドで入る曲」
「…俺」
「すげ……!俺、あの曲好き!今日の中では全部イイけど、俺バラードが好きかも~!ベースのラインが綺麗なんだもん。ベースがメインみたいで聴こえたし」
すると千尋先輩が手を伸ばしてきて岳斗の髪をぐしゃっと撫でた。
そのままぐじゃぐじゃにされる。
「…サンキュ」
ちょっと照れたような声!
でも表情は普通だ。
「髪が~…」
もじゃもじゃになってる。
「もう…」
岳斗が手で撫で直してると千尋先輩がくっくっと肩を揺らしていた。
テーマ : 自作BL小説
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