「これ被れ」
夜の街灯とネオンの明かりの下で千尋先輩がいつも被ってるフルフェイスのヘルメットをずぼっと被せられた。
「顎ちょっと上げろ」
目の前には千尋先輩の顔。顎紐のベルトを締めてくれているのに千尋先輩の手が少しだけ岳斗の肌に触れてまたドキドキしてしまう。
終えると千尋先輩はバイクの後ろに積んでいた荷物から帽子みたいなヘルメットを出して被り、手には革手袋をつけていた。
だから、こう、なんで何しても絵になってかっこいいかなぁ…。
思わず岳斗はヘルメットの中からじっと見入ってしまう。
「背負って、乗れ」
ベースを渡され、背中に背負ってバイクに跨った。
バイクも初めてでドキドキする。
「…乗るの初めてか?」
岳斗はこくこくと頷いた。
スタンドを外して千尋先輩がバイクに跨ると岳斗の手を取って自分の腰のベルトに岳斗の手を誘導した。
「脇のベルト掴んどけ。腹には手回すなよ?」
え?普通お腹にしがみつくんだと思ってた。
「腹に回されると加速の時とかぐえってなっから」
岳斗の疑問が分かったらしい。千尋先輩の説明にこくこくとまた岳斗が頷いた。
「飛ばさねぇから」
「うん」
ヘルメットの中でくぐもった声になる。
セルを回してエンジンをかけた音に反応して岳斗は千尋先輩のベルトを掴んだ手に力を入れた。
「出すぞ?」
こくこくとヘルメットを被った重い頭で岳斗は頷いた。
千尋先輩のベルトを掴んで身体を密着させた。バイクも初めてだし、岳斗はどこにドキドキしてるのかが分からないけれど、ずっと心臓がどくどくと脈打っている。
車が走る道路を身体一つと言っていいバイクで、風を身近に感じて走る。
ベルトを掴んでいる手を離したらそのまま道路に投げ出されそうで、怖くてずっとぎゅうっと千尋先輩のベルトを力を入れて掴んだまま。
岳斗とは違う広い背中に身体をくっつけて…。
走り始めたバイクに最初はドキドキして怖くて余裕も何もなかったけど、ちょっとすると周りが見えてきた。
夜の街灯が、対向車の車のライトが岳斗の視界を流れていく。
風が身体を通り抜けるように、流れる夜の幻想的な景色に目を奪われる。
現実じゃないみたいだ。
そして運転しているのが千尋先輩で、岳斗がぎっちりと掴まっているのも千尋先輩。
1年生の時からずっと憧れていた人。
カッコよくて、ベースが凄くて。
おっかけもいるような人なのに岳斗をバイクの後ろに乗せてくれているなんて信じられない。
千尋先輩…。
そっと千尋先輩の背中に抱きつくようにした。
今、バイクに乗っている今ならこんな事したって全然変じゃない。
緊張してドキドキはするけど千尋先輩の体温を感じたい。
革のライダースジャケットの下から千尋先輩の温かい体温が伝わってくる。
心臓が苦しいよ…。
ライブ会場で目が合ってびっくりした。
待っとけって口パクで言ってくれてもっとびっくりした。
そしてバイクでなんて…。
追っかけてきてる子達なんか目もくれないで岳斗を見つけて真っ直ぐ来てくれた時は優越感が岳斗を襲った。
だめだよ…。やっぱ、好きだ…。
「岳斗、大丈夫か?」
信号で止まった時に千尋先輩が振り向いて聞いてくれたのにうん、と頷いた。
「家、50’sからどっちだ?」
「え、と、住宅街の方…です」
「近くなったらまた止まるから。…出すぞ」
発進の時にぐんと身体が後ろに持っていかれそうになるのに岳斗は千尋先輩にしがみつく手に力を入れた。
途中で止まりながら道を確認して岳斗の家の近くの公園まで来た。
「千尋先輩、ここでいい、です!ウチ、そこ曲がってすぐだから」
そうか?と千尋先輩がバイクのエンジンを切った。
バイクから降りると足がちょっともつれる。
「…怖かったか?」
「ううん!怖くなかった。夜の道路が綺麗だった!」
ヘルメットを外しながら岳斗はうっとりして言った。
「えと…あの…ありがとうございました。千尋先輩ライブの後なのに」
「たいした事ない」
ヘルメットを千尋先輩に返し、千尋先輩はそれをバイクのシートの上に置くと、胸から煙草を取り出して火をつけた。
住宅街なのですでに人影もない。
街灯の下で千尋先輩と二人だ。
夜に外で会っているというのが特別。
へへ、とどうしても顔が笑ってしまう。
「ああ、そうだ、携帯」
「え…?」
「お前の携帯。待ってろと言ったもののちゃんと分かったかどうか確認しようと思ったらお前の番号知らねぇから」
「携帯……」
わたわたと岳斗は携帯を取り出して千尋先輩と番号を交換した。
さらに岳斗の顔が戻らなくなってしまっても仕方ないだろう。
※ 大変お待たせいたしましたm(__)m
今朝はFC2の不具合でいつもの時間にupできませんでした(T-T)
申し訳ありません…(私のせいじゃないけど~~~~
)
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