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羽が唇を掠めた。 1

 ライブの後に携帯の番号を交換したけれど、結局まだ電話をしてなければメールもしてない。
 だって…電話で何話せばいいの?
 …用事もないのに。
 何か用事できないかな、と思ってもお昼に屋上に行けば会えたし、バイトで50’sに行けば会えた。
 そして千尋先輩からかかって来る事もない…。
 ちょっと複雑だ。
 でもそんなの贅沢な事。
 千尋先輩の番号教えて貰っただけでも超絶嬉しい事だ。
 岳斗はいつも携帯の番号を眺めてついにやにやと顔は緩んでしまう。
 
 バイトがない時も岳斗は50’sに行った。
 そして本当に千尋先輩は毎日50’sにいる。
 同じバイトだって岳斗は<阿部酒店>の前掛けをして配達なのに、千尋先輩は黒い服に身を包んでバーテン。
 それだけでもカッコよさの差が出てるのは一目瞭然だ。
 もっとも岳斗がバーテンの服着たって似合うはずないけど。

 今日はバイトがない日。
 そして千尋先輩はLinxの練習だと聞いてたから練習の邪魔しないようにと少し遅めに家を出た。
 家から歩いていける距離というのが嬉しい。
 
 50’sの前には千尋先輩のゼファーが停まっていた。
 バイクに詳しくもないけど、やっぱりカッコイイ!そしていつもぴかぴかで千尋先輩が大事にしているのがよく分かる。

 地下に下りる階段を気分よく岳斗が下りていった。
 毎日会っててもいつでも会いたい人がいる。
 でも岳斗はいいけど、千尋先輩はウザくないのかな、とちょっと心配になってきてしまう。
 だって本当に毎日会ってるし。
 土曜日もバイトあったりするから会える。会わないのは50’sも叔父さんの酒屋も休み、学校も休みの日曜日位だろうか。

 日曜日は千尋先輩は何してるんだろう…?
 そう思いながら50’sのドアをそっと開けた。
 千尋先輩の叔父さんのお店で、もう岳斗はここに顔パスで入ってくる。
 店をやっててもやってなくても。
 いいのかなぁ、と思いながらも千尋先輩に会えるという誘惑に負けて入り浸ってしまっていた。
 「こんに……」

 「だから!それは千尋だからだろっ!」
 ドアを開けた途端に激した声が聞こえてきたのに岳斗はひゃっと肩を竦めた。
 「俺達はそこまで求めていない。限界が見えてる」
 「…そんなの分からないだろう」
 がたがたと片付けを始めるギターとボーカルの人。
 ドラムの人がそれを見てスティックを片付ける。
 「千尋、皆が同じ気持ちじゃない」
 ドラムの人が千尋先輩の肩を叩いていた。

 どう、したんだろう…?
 そういえば前もなんか険悪な感じの時があった。今も…。
 「千尋はすげぇよ?誰よりも俺達が分かってるさっ!でも押し付けるな!」
 「…押し付けてる気はねぇ」
 ギターの人と千尋先輩が険しい顔で睨みあいながら口を開いていた。
 「俺はバンドはもう限界だと思っている。これでも国立を狙っているしな」
 その間に割ってボーカルの人が言った言葉にえ!?と岳斗は目を見開いた。
 千尋先輩達は3年生、受験がある…んだ…。
 「……千尋、またチビ来てる」
 ギターの人が顎をしゃくって岳斗の方を見ていた。
 「ああ」
 千尋先輩はただ頷くだけ。

 そのままLinxのメンバーは帰っていってしまって、いいのかな、と思いながらも岳斗は何も言えなかった。
 千尋先輩はどうするつもりなんだろう?
 進学?
 それともプロを目指すのかな?
 千尋先輩ならきっとプロになれる。
 だって人をあんなに惹きつけてるんだから。
 でも岳斗はさっきのボーカルの人の言葉が引っかかっていた。

 バンドがもう限界…?
 高校を卒業したらLinxはきっと進学もばらばらになる、んだ。
 そしたらもうバンド解散…?
 もうライブで見られない?
 岳斗はベースを片付け始めた千尋先輩に近づいた。

 でも何も言えなくて…。
 なんでこんなに自分は気が利かないかな。
 ただ黙って千尋先輩の横に膝を抱えてしゃがんだ。
 「……ホントお前は見なくていい所にばかり姿を見せるな」
 呆れた様な千尋先輩の声。
 「ぅ……。ごめん、な、さい……」
 確かに言い合ってるとこなんて部外者には見せたくないだろう。
 「バンド……やめちゃう、の…?」
 「……さぁ、な」
 岳斗が恐る恐る小さく聞いてみれば千尋先輩は肩を竦めた。

 バンドは一人じゃ出来ない。
 いくら千尋先輩が凄くたって一人じゃ出来ない、んだ…。
 「………やだ、な」
 千尋先輩がライブで弾いてるところを見られなくなるなんて嫌だ。
 岳斗が顔を俯けてぽつりと呟くと千尋先輩がまた頭をぐしゃっと撫でてくれた。
 
 

テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学

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