「進路希望、提出は来週までだぞ」
担任がプリントを配りながら言うのに、岳斗は手元に渡ってきたそれを眺めた。
岳斗は地元を離れる事は決めていてもその先をどうするか、はまだ決めていない。
大学は県外、といってもどこの大学?
自分がしたい事ってなんだろう?
……何が得意っていうのも岳斗はない。
何をしても普通。
そして自分でこれがしたい!という事も特にない。
…これじゃダメだよな、と凹んでくる。
千尋先輩みたいにベースがすごい!とかだったらきっとプロになる、なんて意気込むんだろうけど…。
音楽は好きだけどそれだけだし。
一応詳しい、とも思うけどそれだけ。
夢中になれる事…。
「…千尋先輩…?」
小さく誰にも聞こえない様に呟いてバカだろ、と自分に突っ込む。
目的もなく大学を選んでもダメだと思う。
好きな教科は?
…別にナイ。
得意な教科は?
…別にナイ。
将来なりたい職業は?
…別にナイ。
マジメに頭を抱えてしまった。
「千尋先輩……聞いていい…?」
「ん?」
お昼休みの千尋先輩補充タイム。
これの為に毎日学校が楽しみで仕方ない。前は学校行くのたりぃなぁ、と思う事も多かったのに今はとにかくこの時間があるから学校に来るのがもう嬉しくて仕方ないんだ。
雨の日は反対に最悪の気分になるけど。
「今日さ、進路のプリント来たんだよね…。俺、何もなくて…」
膝の上で岳斗の脚を枕にしていた千尋先輩が目を開けた。
真っ直ぐに岳斗を見て視線がぶつかったのにうわっ!と心臓がどきっとする。
「…千尋先輩はどう、する…の…?」
そっと伺うように聞いてみる。
自分の事よりそっちが優先だ!だって自分はまだ1年以上も先の事だけれど千尋先輩はもう3年生で夏休み終わったらもう受験だなんだと忙しくなるはず。
「どう…ね……」
千尋先輩が起き上がった。
「どう、すっかな…」
「え!?プロになるんでしょ?」
岳斗はそれが当然だと思っていたので確認のように言うと千尋先輩が目を見開いた。
「だって!千尋先輩の音は特別だもん!絶対!俺初めてライブ行って千尋先輩のベースに鳥肌たって、でもそれライブとか行った事なかったからかなぁ、とか思ったけど、やっぱり千尋先輩のだけだもん!すげぇな、って思うの!50’sでちょこちょこ聴くようになったけど、でもやっぱ千尋先輩のだけ…特別だよ?プロになんないとダメだよ?」
「………」
びっくりしたような顔で千尋先輩がじっと岳斗を凝視して、そして今度は顔を歪めるとくくっと笑い出した。
「……そうなんだ?」
「そうだよ!絶対!俺、千尋先輩のベース好き!」
もう好きなのはベースだけじゃないけど。
「……お前は?何もない?」
「ん………ない」
しゅんと思わず岳斗は顔を俯けた。
「県外に出るのは決めてんだけど…俺、何がしたい、とか…何が得意ってない、から…」
「…………」
「なんか…薄っぺら……」
自分で言って凹んできちゃう。
千尋先輩が胸から煙草を取り出して火をつけた。
「好きな事は?」
「…好きな事…?」
「好きな事を仕事にってのは難しいと思うけど、好きな事なら頑張れるだろ?」
「……考えてみる」
好きな事…。
なんだろう…?
「まだ時間はあるだろ。何にも考えないで大学行ってる奴だって多いんだ。難しく考えるな」
くしゃっとまた髪を撫でられた。
最近よく千尋先輩はこうしてくれる。
「…うん」
それがどういう意味?と聞いてみたいけど、きっと意味なんてないだろう。
ギターの人にもチビって言われてくらいだから千尋先輩もきっと子供と同じ感じなのかも。
「プロ、ね…」
千尋先輩が呟いて煙草を消した。
いつでも空き缶が置いてあってそこに吸殻が突き刺さっている。
「……千尋先輩、プロになるなら…東京…行っちゃう…?」
「さぁ?」
ころりと千尋先輩が岳斗の足を枕にまた横になった。
千尋先輩が東京に行くなら岳斗も行くのは東京にする!
好きな事?
千尋先輩のベース聴く事。話す事。一緒にいる事。
全部千尋先輩に関する事だけだ。
う~ん……やっぱ千尋先輩の事しか好きが浮かばない。
これってどうなのよ?自分?
じっと岳斗の膝を枕にしてる千尋先輩を見た。
高い鼻~。ナニゲに睫毛長…。そして眉間に寄った皺…。
いいかな?と思いながら手を伸ばした。
「ここ、皺寄ってますよ…」
くりと眉間の皺を伸ばす様に触れるとふ、と千尋先輩が口端を少し緩めてそして眉間の皺がなくなった。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学