岳斗は日直で担任に用事を頼まれて職員室から教室に戻ろうと廊下を歩いていたら向かいから知っている顔が歩いてきた。
「ナオ~!チヒロに紹介してよ!」
千尋先輩に…紹介…?
聞こえてきた声にはっとした。
「知らねぇ。うぜぇ」
顔合わせたらやだなぁ、と思って岳斗は顔を伏せた。
二度も千尋先輩に声を荒たげている所を見たLinxのギターの井上 尚に岳斗はどうもいい印象はない。
廊下の端に寄って黙ってすれ違おうとした。
「おい?」
思わずはっと岳斗が顔を上げるとしっかり井上 尚の目が岳斗を捕らえていた。
「ホント同じガッコなんだ?」
ふぅん、と岳斗をじろじろ見ているのに岳斗は小さく頭を下げた。
「ナオ、誰~?」
「…お前、名前は?」
尚は女子を無視して岳斗に近づき、岳斗の目の前に立ってそう聞いてきたのに、岳斗は答えたくもなかったけれど仕方なく口を開いた。
「…………長谷川 岳斗、です」
「やだ、この子どっかで見た…。どこだっけ?」
尚に千尋先輩を紹介してと言ってた女子まで岳斗をじろりと見て、尚と3年女子に見られてる岳斗は冷や汗が流れてくる。
う~わ~…どうしよう…。
走って逃げたい…。
「あ!ライブの時チヒロを待ってた子でしょ!」
「…待ってた?」
げ!!あそこで出待ちしてた中の一人!?
そしてさらに尚が訝しげな表情で岳斗を見た。
「そう!で、チヒロと帰って行った!」
「千尋と?」
へぇ、と尚が身体を屈んで岳斗の顔を覗きこんできた。
怖い~~~~…。
「…岳斗ね」
そう言って尚がにやっと笑った。
「なぁ、お前、千尋の何?」
何…と問われても…何だろう?岳斗にだって分からない。
後輩、位?
「…いくぞ」
尚がまだ岳斗に食いついてきそうな女子の腕を引っ張って連れて行ってくれたのにほっとした。
Linxの練習に顔を出すなんて余計な事も言わなかった井上 尚にちょっとほっとしてしまう。
そんなのまで知れたら岳斗は千尋先輩の取り巻きの女子に殺されるかも、とか思ってしまう。
しかもお昼休みも一緒です、なんて知られたら…。
絶対ヤバい…。
たらたらとやっぱり冷や汗が流れた。
だからなのか、校内で千尋先輩とすれ違う事があっても千尋先輩は視線を岳斗に向けるだけで声はかけてこない。
ちょっと残念な気もしてたけど、確かにあの女子達に囲まれたら怖い…。
そそくさと岳斗は教室まで小走りで帰った。
岳斗のバイトがない日でLinxの練習がある日。
なんか2回も嫌な雰囲気の中に入っていったのを考えて岳斗はちょっと逡巡しながら50’sのドアを開けた。
練習が終わってから行った方がいいんじゃないか、と千尋先輩に言ったら別に構わないと言われて、千尋先輩のベース弾いてるところが見たいのに我慢出来ず、結局は練習を終わる時間のちょっと前に岳斗は来てしまったのだ。
あ、音が…。
今日は言い合いになってなかったみたいだ。
よかったと思いながらドアを開けて顔を覗かせるとLinxの全員の目が岳斗に向けられたのに思わずびくんとしてしまう。
ホントにいいのかなぁ、とそっと千尋先輩を見ればそこにいろ、と空いている客席を顎で示したので岳斗はそそっとそこに座った。
かっけぇ…。
何度見たって飽きない。
広いライブ会場より50’sの方がさらに音がダイレクトに腹に響いてくる。ベースの音が直接聞こえてくるみたいだ。
岳斗の視線は千尋先輩に固定されたまま。
耳はちゃんと他の楽器の音も聞こえているけれどどうしたって聞き惚れるのは千尋先輩のベースで見惚れるのは千尋先輩だ。
「こんなもんだろ」
練習を終えて各々シールドを片付けたり楽器を磨いてしまったりしているのに岳斗はステージの千尋先輩の横に近づいていってちょこんとしゃがむ。
えへへ~、と思わず顔が紅潮してにやけている締まらない顔で岳斗が横にいても千尋先輩は邪魔だとも言わないのに調子に乗ってしまいそうになる。
「岳斗!」
え?と名前を呼んだのがギターの井上 尚で、岳斗は驚き、千尋先輩はなんだ?といわんばかりに眉を顰めた。
「俺のギターはどうよ?」
「え~……っとコード、間違ってたとこ、あった…」
岳斗が言うとドラムとボーカルが笑っている。
「まったくだ!直しとけ!」
「……たまたまだよっ!」
あはは、と岳斗も笑ってしまう。
でも千尋先輩は難しい顔になってた。
「…千尋先輩……?」
なんかいけない事言ったかしたかした…?
険しい顔をしている千尋先輩に岳斗が不安になってしゃがんだまま千尋先輩の顔を伺った。
「いや、岳斗の言うとおりだ」
ふっと千尋先輩は岳斗を見て視線が合うと表情を柔らめてくれたのに岳斗はほっと安心した。
テーマ : 自作BL小説
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