「じゃあな、岳斗」
何の気まぐれか、ギターの井上 尚が岳斗の名前を連呼して帰って行ったけど、名前を呼ばれて岳斗はどうも落ち着かない。
「岳斗、尚がなんでお前と?」
千尋先輩が客席の準備でテーブルを拭きながら聞いてきた。
「なんか…今日学校の廊下ですれ違って…声かけらて…名前聞かれて…」
岳斗は働く千尋先輩の手伝い、ってほどではないけれど、テーブルの上に置かれた小物を持ち上げて千尋先輩がテーブルを拭くのにスムーズになるように手に小物を持っている。
するとまた千尋先輩は難しい顔になっている。
「…千尋先輩…?」
なんかしたかな…?
「あ、いや…なんでもない。……もうすぐ中間だ。お前ちゃんと勉強してんのか?」
「………してない」
「……しろ」
「う~……はい」
思わずしゅんとしてしまうと千尋先輩がくすと笑った。
「その後またライブ出るから」
「ほんとっ!?」
「ああ。お前バイトも始めたんだ。勉強維持出来ねぇとヤメロって言われんぞ?」
「……うん。するっ」
千尋先輩に言われたらちゃんとする!
でも確かにそうだ。
バイトもしてライブとか行って、50’sにも入り浸って、そんなに遅くもならないし、ちゃんと言ってから出てくるし、それには別に親は何も言わないけれどそれで成績落ちたら絶対言われる。
「…ちゃんとする!……ね、千尋先輩?」
「ああ?」
「分かんないとこあったら、聞いても、いい…?」
「ああ」
普通に千尋先輩が頷いてくれるのにへへ、とやっぱり顔が緩む。
「岳斗」
千尋先輩の響く声で名前を呼ばれるといつでもどくんと心臓が鳴る。
「な、何?」
「……そのライブでLinxは解散だ」
「えっ!!!」
岳斗は思わず固まって千尋先輩を凝視した。
「う、嘘……ホント、に…?」
喉が渇いてくる。
「ああ。ホント」
千尋先輩は淡々と言った。
「皆受験を控えている。県外を志望してる奴もいる」
ドキドキと心臓が嫌な音を立てている。
「千尋先輩……の弾いてる、とこ…もう見られない、の…?」
「バーカ。Linxだけが俺の場所じゃねぇだろ」
「あ………」
50’sでだって千尋先輩の弾いている所は見られる。
「でも……千尋先輩の曲、は…?俺、好き…なのに」
50’sはコピバンばかりで日によってオールディーズだったりインストだったりと演目が変わるけれどオリジナルではない。
「ま、それは無いな。いつかどっかで…出来ればいいけど」
「う~~~…やだ…」
「やだって言われてもな」
千尋先輩が肩を竦めた。
「仕方ねぇ」
そうだけど…。
「ねぇ!俺今度ビデオ持ってきていい!?ダメ?撮っておきたい…」
「……ビデオ?いらねぇよ」
「え~~!だって……」
岳斗は欲しいっ!切実にっ!
「ライブは一度きりだからいいんだ」
う……、そうですけど。
でも欲しいのに!
「じゃ、写メしていい!?」
ずっと言いたかった事をこの際言ってみる。
すると千尋先輩が呆れたように岳斗を見た。
「…お前……。………岳斗、携帯出せ」
「?」
言われるまま携帯を出して千尋先輩に渡す。
「カメラ、これか?」
「え?うん」
すると千尋先輩が岳斗の携帯を持って岳斗の肩をがっしりと掴まえたと思ったらいきなり顔を近づけてきた。
「ち、ち、ち、千尋先輩~???」
「ほら、撮るぞ」
千尋先輩が岳斗と顔を並べて自分達の方にカメラを構えるとカシャ、と音がした。
そして撮ったばかりの画像を千尋先輩が確認してると思い切りふきだして笑い出した。
「ち、千尋先輩っ!何!?見して!!!」
手を伸ばして携帯を取ろうとしても背の高い千尋先輩には届かない。
「見して、ってお前の携帯だろ。ホラ。あ、ソレ俺のにあと送っとけ」
「え!?」
千尋先輩は岳斗に携帯を返し、笑いを堪えたまま、また仕事に戻る。
何そんなにおかしいんだろ…?
見るのが怖い…。
そっと片目で見てみる。
ナニコレ!チョー恥ずいッ!!!
岳斗の顔は真っ赤だし、口は半開きで歪んでるし、目は泣きそうになってるし、その隣の千尋先輩のアップはいつもと同じカッコイイ顔!
「ず、ずるいっ!」
岳斗がまともな顔したって千尋先輩の隣に並んでいい顔にはならないけど!
ぶふ、と千尋先輩がまた笑ってる。
「ソレ、ぜってぇ送れよ?」
「見て笑うんでしょっ!」
「ったりめぇだ。ぜってぇだぞ?」
くくっと口を押さえながらまだ笑ってる。
岳斗の顔はかなりおかしいけど…。
でも千尋先輩が携帯の中に入った…。
それが嬉しい!
嬉しいけど…コレ、ホントに送るの?
初メールがコレ?
「……ヤダよ…」
自分の情けない顔に岳斗はがっくり肩を落とした。
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