千尋先輩に会いたいのに…。
「岳斗」
また出たのは尚先輩。
昨日はおかげで千尋先輩にも会えなくて思わず恨めしく思ってしまう。
「…俺なんか放っておいてくださいよ」
「ヤダね」
なんなの!?一体!
「岳斗クンは男が好きなのかな?千尋大好きだよね?」
岳斗が尚先輩に肩を組まれて、登校する生徒達が羨ましそうに岳斗を見ていた。
俺は全然尚先輩なんかいらないのに~~~~!
いっつも千尋先輩に突っかかってるんだから!
「そんなんじゃないですっ!」
「だって千尋しか目に入ってないでしょ」
「当然です!かっけぇもん!」
ぶっと尚先輩が笑った。
「潔いねぇ…。でも千尋が抱くのは女だけだけど?」
「…だから、そんなんじゃないっ!」
そんなの…言われなくたって…分かる!
「ま、別にそういう事にしといてもいいけど」
一体どうして…もう!今日もお昼に屋上行けなくなるじゃないか!
折角の千尋先輩との時間なのに!
「ちょっと、チヒロだけじゃなくナオまでってどういう事!?」
いつだったか尚先輩に千尋先輩を紹介しろって縋ってた3年の女子だ。
しかも一人じゃないし。
「何?コレがチヒロが連れ帰ったって?」
「そうだよ!しかも尚までちょっかいかけて」
「やだぁ~」
くすくすと笑われて岳斗はいたたまれなくなる。
千尋先輩の事についてなら何言われたっていいけど、なんで尚先輩の事まで言われなきゃないのか。
休み時間の移動教室中に掴まってしまったのが運の尽きだ。
昨日から千尋先輩運は切れてしまったらしい。
千尋先輩には会えないのに余計な会いたくない人にばっかり会う。
「急いでいるんでっ」
そそくさと岳斗は彼女達の脇を通って逃げるように理科室に向かった。
人の目が岳斗を見ているし、誰に会うかと教室から出るのが嫌になって、千尋先輩にまた行けない、ごめんなさい、とメールすればやっぱり分かった、の一言だけ。
メールを返してくれるだけでもいいんだろうけど。
千尋先輩だって学校にいるはずなのに、こんな時はすれ違いもしないんだからやっぱり運は終わってしまったんだろうか?
いや、今までが破格だったんだ。
図に乗って罰があたってるのかな?
お前ごときが千尋先輩の横にいるべきじゃないって?
そんなの分かってるけど…。
岳斗はしゅんとしたまま一日を終える。
2年女子からは紹介しろのコールに無理だといえばケチだのと罵られ、3年女子には睨まれ、同級生の男達には同情の目を向けられ、なんか散々だ。
千尋先輩はどう思ってるかな…?
2日も屋上いけなくて。
帰ろうとして上靴からスニーカーに替えようとしたら靴が重い。
「?」
なんだ?と思ったらぐっしょりと靴が濡れていた。
マジかよ……。
こんなのするのはきっとあの3年の女子だろう。
別に濡らされた位どうって事はナイ!
何事もないように岳斗はそれに足を突っ込んで普通にして校門を出た。
どこかで見ているのかもしれない。顔を俯けるな。
そして校門を出てすぐに携帯が鳴った。
「も、もしもしっ!」
『今どこだ?』
「え?校門出た、とこ…」
千尋先輩から初めての電話だ。
声が近い!
『じゃあそのままくるっと回って裏門の方行け』
「え?あ、はい…」
なんだろう…?もしかしてバイクかな?でもこの靴じゃ乗れない。でも会えるならいいや、と黙っておく。
『…バイトは?』
「え、と今日はない、です。あの、裏門来た、けど…」
『裏門から出て左の方に真っ直ぐ歩いて。角にコンビニあるからソコ左。しばらくそのまま真っ直ぐで床屋が見えたら電話よこせ』
千尋先輩が言うだけ言うと電話を切った。
濡れて歩くたびにぐしょ、ぐしょ、と音がする靴で岳斗は言われたとおりに歩いた。
「あ、の…床屋見えた、けど」
ドキドキしながら電話をかけ直す。
『その床屋の裏に細い通りがあるからそこ曲がれ』
千尋先輩の低い声が耳に心地いい。ずっと聞いていたい。
「曲がったよ?」
『次の十字路右』
こんな細かい所?学校周辺なんて通学路以外歩いた事ないから全然知らない。
『角に大きな家あるか?』
「うん、ある…」
『その3軒隣』
「え?なに、……ぁっ」
小走りで3軒先まで行くと表札に篠崎って出てる。
もしかして…。
玄関が開いて出てきたのは千尋先輩だった。
「千尋先輩っ!」
千尋先輩の顔に泣きたくなってきた。
ぐしょぐしょの靴が冷たいけれど、その代わりにいい事があったみたいだ。
テーマ : 自作BL小説
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