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羽が唇を掠めた。 7

 「千尋先輩の家っ!?」
 「そう。入れ。あと送って行ってやる」
 「え、と…入れない、かな……」
 思わず岳斗が顔を俯けると千尋先輩が岳斗の靴に視線を向けた。
 「お前……!…いいから、来い」
 「濡れちゃう、から…」
 「バカ!」
 ぐいと岳斗の腕を引っ張られて玄関に入れられた。
 「でも!濡れちゃうからダメだよ!」
 「うるさい。ったく…」
 「ち、ち、千尋先輩~~っ!」
 岳斗の身体を千尋先輩が肩に担ぎ上げたのにうろたえた。
 「大人しくしてろ」

 だって!
 高くて、怖くて千尋先輩の首に思わず抱きつき、そしてそのままお風呂場に連れて行かれてしまった。
 「靴脱げ。靴下も乾燥機かけてやるから。バイト休みなら少し帰るの遅れてもいいんだろ?」
 「それは勿論、いいけど」
 靴と靴下を取られて乾燥機に突っ込まれた。
 「足、洗え」
 岳斗はズボンの裾を捲くってシャワーを借りて足を流す。

 「…千尋先輩」
 目の前にいる。
 「ホラ、タオル。足拭け」
 泣きたくなってくる。靴も濡らされてかなり凹んでた。本当は。
 「…うん」
 千尋先輩には会えないし、余計なの来るし、女子に囲まれるし。
 いい事なんてなかったのに…。
 座って足を拭いてると千尋先輩が頭を撫でてくれるのに涙が零れそうになったけど、岳斗はぐっと我慢した。

 「…学校からすげ、近い…」
 千尋先輩の家の廊下をぺたぺたと千尋先輩の後ろをついていく。
 「誰があんな事?」
 「………知らないよ」
 「…Linx追っかけてる女か?」
 「……知らないよ」
 そうだとは思うけど、したとこ見たわけじゃないから分からない。
 チッと短く千尋先輩が舌打ちするのに岳斗は顔を俯けた。

 「尚がちょっかい出してるからだろ」
 それで注目されたのはそうだろうけど…。でも千尋先輩、知ってたんだ?
 千尋先輩の背中を後ろから見つめた。
 背高い。
 髪が肩にかかってる…。
 長い足。
 もう制服は脱いでてジーンズにTシャツ。
 肩とか腕も岳斗のとは違って筋肉がついててカッコいい。
 
 …というか、千尋先輩の家…。
 いつも50’sか学校かライブの千尋先輩しか知らないからすごく新鮮だ。
 千尋先輩が階段を登って、岳斗も大人しくついていく。
 千尋先輩の部屋…?
 うわぁ、と改めてこの状況にドキドキしてきた。
 千尋先輩の中に入れてもらえた気がする。

 「適当に座れ」
 階段を登ってすぐの部屋に案内され、岳斗は小さくなって床にぺたんと座った。
 ベース、ギター、は立てかけてあって、小さいアンプ、黒主体の部屋。
 ベッドに、本棚にはバンドスコア。机。
 じろじろ見たいけど見られない。
 「尚は何だってお前に近づいてる…?」
 「え…?」
 岳斗は尚との会話を思い出し、かっと顔を紅潮させた。

 言えねぇ…。

 だって千尋先輩を岳斗が好きだから…だ。多分。
 千尋から取っちゃおうか、とか言ってたけど…。でも別に岳斗は千尋先輩のものでもないのに…。そんな事千尋先輩に言えるはずない。
 「…分かんない、よ…」
 俯きながら岳斗が言うと、はぁ、と千尋先輩が溜息を吐き出す。
 そして携帯を取り出してどこかにかけた。

 「尚…岳斗に近づくな。おかげで岳斗に被害が出てる」
 あ……。
 尚先輩にかけたんだ?

 どうしよう…電話で岳斗が千尋先輩を好きだから、とか言われたら…。
 岳斗はそわそわしながら千尋先輩が話すのに耳を傾けた。
 そんな事言われたらこんな風に中に入れてもらえるはずない。
 「ああ!?……だろ、多分。……俺……?ああ、……」

 何話してるんだろう?
 千尋先輩があんまり単語を言わないから全然内容が分からない。
 「ふざけるな!」
 千尋先輩が声を荒たげたのに岳斗はびくっとした。
 すると宥めるように千尋先輩が岳斗の頭を撫でる。
 「もういい」
 千尋先輩が忌々しそうにして電話を切る。

 尚先輩は何て言ったんだろう…?
 気になって気になって仕方ない。
 「岳斗、何かあったらメールするなり電話するなりしろ。これはお前のせいじゃないんだから」
 「…でも…」
 「いいから!」
 「………うん………」
 へへ、と岳斗は千尋先輩の顔を見られて安心して笑みが出た。
 気にしてもらえるなんて嬉しい事だ。
 千尋先輩に気にしてもらえるならこんな事全然平気だ。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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