千尋先輩に会いたい!
毎日朝現れる尚先輩に岳斗は嫌になっていた。
やめて、と言ったって聞いてくれないし!
でもそれがどうにか慣れてきてそんなに注目、ってほどでもなくなってきたけど、それでも人目は引くわけで。
廊下を歩いているだけでもこそこそと岳斗の事を見て何か言われているのは分かっていた。
おかげで昼休みはずっと屋上に行けない。
おまけにバイトも続いて、50’sの配達はなくて。
千尋先輩の家に行った後、もう何日も千尋先輩と会えてない。
こうなると徹底的なのか、学校で千尋先輩とすれ違う事もない。
尚先輩が言ってくれたからなのかどうかは知らないけれど、嫌がらせを受けたのはアレ一回きりでとりあえずそこはほっとはしたけど。
まさか千尋先輩に会いたいよ、なんてメールも入れられないし…。
毎日MA-1抱きしめたり眺めたり、携帯の写メを眺めたりして気を紛らわせた。
何日会ってないか数えれば三日。
たった三日!
千尋先輩と話す前なんか見かければラッキー!位だったのに。
「足りない…」
もう見かけた位じゃ全然足りない。
50’sのバイトは何時までなんだろう?
そういえばそれもちゃんと聞いた事はなかった。
全然知らない、んだ…。
そう思うとがっくりしてくる。
電話したい。
でもバイト中だったら邪魔しちゃいけないし。
千尋先輩からもメールも電話も来ない。
携帯で番号を表示させては結局携帯を置く、を繰り返す。
バイト終わってから50’sに行けばいいんだろうけど、だいたい岳斗がバイト終わったあたりの時間から50’sもお客さんが入ってきて千尋先輩はバーテンと、たまに演奏もするので忙しくなる。
仕事してるのに邪魔はできないしで、結局岳斗は大人しくバイトを終わって帰ってくるのだ。
昨日の夜はバイト終わった後、50’sの前まで行ったけど千尋先輩のバイクだけ見て帰ってきた。
出てこないかな、と思ってもお客さんが次々入っていくのに無理だ、と諦めたのだ。
「ぅ~~~」
ベッドに突っ伏して呻いたってどうにもならない。
携帯が震えたのに時計を見ればもう夜中の12時過ぎだ。
誰だ?と思ったら千尋先輩で慌てて岳斗が出た。
「も、もしもしっ!」
『岳斗?起きてたか?』
「お、きてたっ!」
千尋先輩の声!
三日ぶり~~~!
「千尋先輩っ!」
『ああ?』
「…千尋先輩……」
会いたい、よ……。
『………今バイト終わった。お前、少し外出られる?……寄るけど?』
「出る!出ますっっ!!!」
『お前の家のすぐ近くの小さい公園な』
「うん!すぐ行くっ!」
くっと電話口で千尋先輩が笑ったのが分かった。
『じゃ』
千尋先輩に会える!電話くれた!
岳斗は慌てながらもそっと家を出てすぐ近くの公園に向かった。
近づいてくるバイクの音。
街灯の下にバイクを停めてヘルメットを外し、革手袋を外して、髪をかき上げる姿に泣きたくなってくる。
「ち、ひろ…先輩」
岳斗は近づいて千尋先輩のライダースジャケットの裾を掴んだ。
くしゃっくしゃっと千尋先輩が岳斗の髪をかき混ぜる。
「ぐしゃぐしゃになっちゃうよ」
会いたかった…。
岳斗は千尋先輩が好きだからいつだって会いたい。
けれど千尋先輩はなんで?
「…な、んで…?」
「ん?お前が泣いてるかな?と思ったけど…泣いてないな…」
「泣かないよっ!」
泣きたいけど!でも、だからどうして…?
「なんで、だろうな…?」
千尋先輩の手が頭から離れて岳斗の頬に触れた。
夜の街灯の下の薄暗い中、千尋先輩に頬を包まれ、岳斗はじっと千尋先輩の顔を見上げた。
う、わっ!
千尋先輩の顔が近づいてきたのにぎゅっと目を閉じる。
ふわりと香るタバコとフレグランスの混ざった千尋先輩の匂い。
ぁ………
微かに唇が触れた。
目を開ければ目の前に千尋先輩のカッコイイ顔。
どかん、と火が噴き出しそうな位に顔が熱くなって真っ赤になる。
「真っ赤だぞ?」
ついと頬をなぞられれば心臓が死にそうになる位に跳ね上がってどくんどくんと身体中に響いている。
「ち…ひろ…せんぱ、い……?」
動揺して呂律も回らない。目もぐるぐるして倒れそうだ。
「岳斗?」
「ぅ…だい、じょ…ぶ…」
千尋先輩の心配そうな声にぐるぐるしながらも答えた。
「一人で帰られるか?」
「だいじょぶ、だ、よ…?」
なんで?どうして?が頭の中をぐるぐるして、目が回ってる。
掠めるようなキスに動揺して何を考えていいか分からなくなる。
千尋先輩が何かを言ったけど全然頭に入ってこなくて岳斗は大丈夫を繰り返し、千尋先輩はそんな岳斗にくっと笑いを浮かべ、そしてまたバイクに跨って帰って行くのを真っ赤になったまま見送った。
テーマ : BL小説
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