思い出すと頭を掻き毟りたくなる。
夢?
違う、はず。
なんで?
わざわざバイトの後に寄ってくれて、……キ、ス……なんて。
嘘だ、と思うけど嘘じゃない…はず。
またキス以降会えてなくて、もう週末。
千尋先輩に会えた日と会えない日の落差が激しすぎる。
土曜日だけどバイトはなし。叔父さんの急用で店も休むから、と言われていた。
ぼうっとしてベッドに横になって考えるのは千尋先輩の事ばかり。
50’sに行こうかな。
でも会うのもちょっと怖い。
どうしよう、と悩んでしまう。
でも日曜に千尋先輩から連絡来る事なんてないし、今日会わなかったら来週もいつ会えるか分からない。
でも…。
もう何を考えてもぐるぐる、ぐるぐるループばっかりしている。
昨日、初めてバイト代をもらった。
嬉しくてメールしようかと思ったけど、そんな事でメールしても、と思うし、キスの事考えれば普通にメールがおかしくて。
なんで?どうして?ばかり考えてしまう。
岳斗が可哀相になったのかな…?
「わっかんねぇ」
携帯がメール受信の音を鳴らしたのに開けてみると千尋先輩からで思わずベッドからしゃきんと起き上がった。
<店に張り紙してあった。今日バイト休みか?練習あるけど?>
行っていいってこと!?
<行きますっ!!!>
すぐに返信すると、ベッドから降りて出かける準備をした。
…つうか、メールがめっちゃ普通……。
50’sに行ってくる!と家を飛び出したものの千尋先輩の普通なメールにちょっとがっくりしてしまった。
いや、じゃあどんなメールを望んでいた?と聞かれても困るけど。
時計を見ればまだ午後2時。千尋先輩は50’sでそのままバイトだろうけど、あとしばらくは一緒にいられるんだ、と嬉しくなってしまう。
「こんにちは…」
そっとドアを開けるとがんがんに音楽が聞こえてくる。岳斗はステージに向かって右側に立つ千尋先輩側の客席にちょこんと座った。
低い位置で淡々と弾く千尋先輩に見惚れる。
淡々となのになんで、こう、その…エロく見える、かな…、と岳斗はどうしても千尋先輩の弾く姿に顔が赤らんでしまう。
もうすぐ6月になる。
テストもあるけどその後ライブって言った。
そして解散って…。
岳斗の存在には気にも留めないでLinxの練習が続いた。
途中で止めて確認したり、そうじゃないと互いにダメだししたり、やっぱり解散するからか、気合が入ってるみたいだ。
岳斗はただそこにいた。
じっと見てるだけ。
あと何回こうして見られるか分からないんだ、と思えばそう思うだけで泣けてきそうになる。
次々と曲を練習していくLinx。
そして曲の出だしが岳斗の聴いた事ない曲になった。
新曲かな?と思って千尋先輩を見ればふ、と岳斗を見て口角を上げたのにそうなんだ!とわくわくして聴いた。
ドラムのフィルインから入ってゆったりとした感じ。
タタタ、タタタ…4拍子じゃない。珍しい!というか初めて?
ベースがメロディを奏でるように低い音から上がっていく。
バラード…だ。
でも曲調は明るい。
歌が入ってきた。
基本岳斗は全部の音は聴こえているけど、千尋先輩の音と姿だけに集中してしまうので歌詞の内容はいつもあまり聞こえていない。
キミの姿…
潤んだ瞳…
…って!コレ!ラブバラードじゃん!!!
詞誰つけたの!?そういえば曲は誰作ってるか聞いたけど歌詞は聞いてなかった!
つい撫でてしまいたくなる…
つい抱きしめたくなる…
曲調は明るいのに切ない。うわ~、と岳斗は感情移入してしまった。
掠めるキスに頬染めるキミ…
さらにもっとと求めたくなる…
ぅ~~~…と岳斗は悶える。千尋先輩のベースの音が甘く感じる。ギターのいつもジャカジャカする音がしっとりに聴こえる。
ボーカルの少し掠れた声も曲に凄く合ってる。
ドラムのリズムもただガンガンに行くだけじゃなくて…。
どれもがしっくりと、ぴったりと当てはまっている感じだった。
そして、そして、…なんか千尋先輩のベースがヤバイ…。
岳斗は千尋先輩が愛おしそうにベースを爪弾くのに自分の身体を抱きしめた。
音が綺麗で優しい…。
でもなんか…。千尋先輩の弾くのが…。ベース弾いてるのに、なんか…。
岳斗は顔を真っ赤にしながらも千尋先輩から目を離せなくてドキドキしながらじっと見つめた。
タタタ、タタタ、タタタ、タタタ、タ、タラララ…
ギターのアルペジオで曲が終わった時、岳斗は涙が零れてた。
自分でも全然気付いてなかったけど。
「岳斗!?」
千尋先輩が慌てたように岳斗を見て呼んだ。
「え?何?」
「何って…。……ナニお前泣いてんの?」
「え?」
慌てて自分で頬に触ったら本当に涙が零れてた。
「えへへ…あんまし曲がよくって感動したみたい…」
泣いてるのを見られて恥ずかしい!と思ったんだけど、そう答えた岳斗にメンバー全員の視線が突き刺さった。
そして千尋先輩を見て何故か頷いている。
「?」
何だろ?
岳斗は首を傾げた。
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