「岳斗!」
しゃがみ込んでいた岳斗を千尋先輩が見つけてくれた。
「何した?」
岳斗の肩を掴んで立たせて顔を覗きこまれる。
「…唇、真っ赤だぞ…?」
千尋先輩の指が岳斗の唇に触れようとしたのに岳斗はそれを掃った。
「ダメっ!汚い、から…」
うっ、とまた泣けてくる。そしてまた岳斗が唇をごしごしと拭うその手を千尋先輩が掴んだ。
「岳斗、やめろ…説明しろ」
千尋先輩の声が低くなって怖くなったけど、岳斗は口にするのも嫌でふるふると首を振った。
だって言えるはずない。キスされた、なんて。しかもそんな事位で泣きべそになってるなんてきっと千尋先輩は呆れるはずだ。
「岳斗…」
困ったような千尋先輩の声。
「だい、じょ、ぶ……ごめ、な…さい」
「大丈夫じゃないだろ。……誰だ?」
分かったんだ!いや、そりゃそうそうだろうと思うけど…。
でも岳斗は首を横に振った。
「お前にそんな事するような奴…尚、か」
怒りを露わにした千尋先輩の口調に思わず岳斗は千尋先輩の服を掴んだ。
着の身着のままで来てくれたのだろう。ロンTのままでジャケットも着てない。
「ち、ひろ…先輩…」
うぅとまた泣けてきてぼたぼたと涙が零れてしまう。
チッと千尋先輩が舌打ちして岳斗を抱きしめてくれた。
「気にするな…岳斗…」
そんな事言われたって気にするに決まってる。
だって嫌だったんだもん…。
気持ち悪い。汚い…。
千尋先輩の腕の中でまた岳斗がごしごしと袖口で唇を拭う。
「……そんなに嫌、だった、か…?」
「ヤ…だ……」
「……俺がした時は?」
「ヤ…なはず…ない……」
「じゃ、消してやる」
え…?
拭ってた手を掴まえられて千尋先輩の顔が近づいてきた。
嘘っ!
この間は掠めるだけのキスだったけど、違う!
下唇、上唇を啄ばまれて唇を舌でなぞられる。
仄かにタバコの匂い。
「や…ダメっ!汚い…か、ら…」
「汚くない。岳斗」
また唇が重なる。
「んっ!…ぅ……」
自分でごしごしと何度も拭ってた唇が敏感になっていた。下唇をなぞられて唇が合わされて、相手が千尋先輩だと思えば腰が砕けそうになってくる。
「ん……ぁ……」
千尋先輩の舌が岳斗の汚れた所を舐め取ってくれているかのようだ。
岳斗の右手は千尋先輩の服を掴んで左手は千尋先輩に掴まれている。
千尋先輩の左手は岳斗の頭を押さえていた。
千尋先輩の舌が岳斗の口腔の中まで入ってきて歯列をなぞられ、舌を捕らえられ、絡まる。
「あ……ふ……」
声が漏れる。息が苦しい。
でも嬉しい…。
声が出るのも、粘着質な音も恥ずかしいだけだけど、相手が千尋先輩だったらもう、なんでもいい。
「ち…ひろ、せ、…ぱ…」
声が上擦る。意識が何も考えられなくなる。
そして足は力が抜けそうになるのに千尋先輩の腕が移動して腰を支えてくれた。
「…足りない、か?」
「……た、り…ない…」
聞かれた言葉に何も考えられないまま、口調をたどたどしく答えた。
「ん…ぅ……っ」
もう一度唇が重なる。蠢く舌に酔いしれる。
千尋先輩……。
交じり合った唾液が口の端を伝っていく。
でも千尋先輩も離してくれなくて何度も角度を変えながら互いの舌を貪った。
そっと名残惜しそうに千尋先輩の舌が離れ、啄ばむようなキスを何度か繰り返され、指で伝った唾液を拭われ、最後に唇をなぞられた。
かくんと崩れそうになった岳斗を千尋先輩がぎゅっと抱きしめてくれるのに岳斗も千尋先輩の胸に顔を埋めた。
千尋先輩の香りだ…。
それに安心した。
涙なんてびっくりしてどっかにいってしまったけど、濃厚なキスに今度は今更ながら動揺してくる。
なんで!?
自分で足りないとか言ったのが猛烈に恥かしくなってくる。
ど、どうしたら、いいの!?
「…落ち着いたか?」
千尋先輩の声が耳に響いた。
抱きしめられているので声が耳元に聞こえる。
いい声。低くて…甘いよ…。
岳斗は小さくこくんと頷いた。
でも、落ち着いたというのか、さらに動揺したといったらいいのか…。
顔を上げられない!
…と思ったら千尋先輩の腕がするりと解けた。
「…コレ、お前のか?」
「あ、…は、い」
岳斗の傍に落ちてたTシャツの袋を拾って普通に千尋先輩が聞いてくるのに岳斗は頷いた。
耳まで熱い。きっと真っ赤になってるはず。
心臓は壊れそう。
なのに千尋先輩は平静そのもの。顔色も変わってないし、態度もいつもと同じまま。
「…送ってく。バイク乗れるか?」
「う、ん……」
なんかあっさりで拍子抜けする。
千尋先輩が袖で岳斗の目を拭ってくれた。
「…行くぞ」
腕を取られて、バイクに乗せられ、家まで送ってもらい、そして千尋先輩はまたもあっさりと気にするなよ、じゃあ、と帰って行った。
なんで!?
なんか気にする所が増えたんですけど!?
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