「岳斗?…泣いてんのか?」
千尋先輩の家に着いた時には涙が零れていた。
「だって…!なんで?千尋先輩…関係、ないのに…」
「お前だって関係ないだろ。とにかく入れ」
千尋先輩が岳斗の頭を抱え込むようにしながら鍵を玄関に挿し、ドアを開け一緒に入る。
そのまま部屋に連れて行かれる間、岳斗はぐいと涙を拭った。
「停学か退学、なっちゃう、の…」
「退学はなんねぇだろ。吸ってたとこ見つかったわけじゃねぇ」
「でも…なんで千尋先輩がそんな事になんなきゃないの!?そんなのやだよっ」
「あとは孝明あたりがうまくすんだろ」
「…タカ先輩…?」
「いいから、お前は少し落ち着け」
千尋先輩は全然気にしてないようだ。岳斗なんかどうなるか怖くて仕方ないのに。
「だって!」
「いいから」
千尋先輩に部屋に入ると千尋先輩が岳斗の身体をぐいと押してベッドに座らせられ、岳斗は目の前に立った千尋先輩の制服の裾を思わず掴んだ。
不安だった。
だって停学とか、退学なんて…。
それに千尋先輩はふっと笑って大丈夫だ、と言わんばかりに岳斗の頭を撫でる。
岳斗は千尋先輩を見上げた。
「……なんで、…どうして、来た、の?」
「どうして…?…あの女達が尚にお前が煙草を持ってて生活指導室に呼ばれたって嬉々と報告に行ったらしい。尚からメール来た」
だから、それでどうして来てくれた、の…?
「千尋先輩…」
「なんだ?行かなかった方よかったか?」
「ううん……嬉しか、った…」
だって自分でどうしようもなかった…。
岳斗が顔を俯けると千尋先輩がベッドの隣に座って岳斗の肩を抱き寄せてくれるのにうわぁ~、と思いながら岳斗は身を任せた。
どれ位そうしていたのか。
随分しばらくの間だったと思う。
岳斗はどうしていいか分からず、動く事も出来ないでいた。
「千尋、いるの!?」
千尋先輩の家の玄関が開いて声が聞こえた。
もしかして千尋先輩のお母さん?
千尋先輩を顔を合わせると千尋先輩が溜息を漏らした。
「…ちょっと待ってろ」
そう言って岳斗を部屋に置いて千尋先輩が部屋を出て行った。
「学校から連絡がきたのよ!一体どうなっているの!?だいたい音楽だ、バイクだってロクでもないことばかり!隆の所にばっかり入り浸っているからそんな風なんでしょう!?」
お母さんのキンキン声が聞こえてくる。
「別に今日のは俺は無実だけどな」
「そんな事言って!普段が普段なのだから!まったくあなたはお兄ちゃんと違って恥です!隆と千尋は私の恥よ!」
ひどいっ!!
岳斗は響いてくる声に耳を塞ぎたくなってくる。
「とにかく仕方ないからこれから学校に行ってきます」
「スミマセンネ」
皮肉的な千尋先輩の声。そして玄関の開く音、車の出る音。
「嫌なの聞かせちまったな…」
部屋に戻ってきた千尋先輩が苦笑を漏らした。
それが切なくて、岳斗は思わずどん、と抱きついた。
さっきは千尋先輩が肩抱きしめてくれてたんだから、別にいい、よな?
「千尋先輩は凄いのに!ベースだってあんなに人を惹きつける位凄いのに!絶対プロになれる位凄いのに!それにカッケェし!…優しいし…」
「いや、別に優しくはないと思うけど」
「優しいもん!今日だって、…俺の事、助けてくれた、し…」
「そりゃお前だからだ」
え?俺だから…?
「お前じゃなきゃ知るか。……って、また泣く」
「だって!!!……千尋先輩の事全然分かってないんだもん!なんで!?お母さんなんでしょ?」
う~、とまた泣けてくると千尋先輩が岳斗の涙を指でぐい、と拭った。
「なんでお前が泣くんだよ」
「だって!だって!……千尋先輩は凄いのに!カッケェのに…」
「別にいいさ。お前がそう思ってんなら」
「俺はずっと千尋先輩の味方だもん!ずっとファンだもん!…………役に立たないけど」
ずっと好き、も入れたかったけど…入れられない。
すると千尋先輩がぷっと笑う。
「なんで笑うの!?」
「役に立たない、ね…」
くくっと笑って抱きついた岳斗の頭を撫でている。
「だからぐしゃぐしゃになるってば!」
「ああ、わりぃ、わりぃ」
そう言いながらやめないんだから。
「岳斗…」
ぁ…。
千尋先輩の声が甘くなった。
そして顔が近づいてくる。キスだ!
しっかりと千尋先輩の腕が岳斗の身体を抱きしめていた。
なんで!?
キスも甘い、よ…。
何度も何度も重なる唇。
千尋先輩…。
岳斗は何も考えられなくなって千尋先輩の唇の感触だけを追った。
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