千尋先輩の電話がなってやっと千尋先輩と身体が離れた。
うわぁ…と岳斗は思わず熱くなった自分の頬を押さえてしまう。
「もしもし?ああ、…やっぱね。了解。サンキュ」
ふっと千尋先輩が岳斗の方を見て笑みを浮かべ電話を切る。
「…女達が自分達が仕込んだって吐いた」
「え!?ホント!?…じゃ、千尋先輩の停学とかもない!?」
「ないだろ」
「よかったよぉ……」
ほうっと安心して岳斗は顔が緩んだ。
「お前バイトは?」
「あ、ある!」
「送って行ってやるから。着替えるから待ってろ」
「う、ん…」
そう言って制服を脱ぎだす千尋先輩に視線をどこに向けたらいいか分からなくなって思わずあらぬ方向を見てしまう。
「…なんだ?別に見ていいけど?」
くくっとからかうような千尋先輩の声。
聞かないふり。
だって見ちゃったらまた動揺してしまうから。
…でもそんな事言うなんてどういう意味入ってんの!?
「……千尋先輩、お兄さんいるの?」
さっき聞こえてきたお母さんの声。千尋先輩の着替えにドキドキする気を間紛らわせる為と千尋先輩の事をもっと知りたくて質問してみた。
「いる。東京の大学行ってる。……うちの一族、母親方も父親方もお堅い職業が多いんだ。その中ではみ出してんのが50’sの叔父貴と俺」
「でも!叔父さんは自分でお店やってるんだから凄いでしょ!千尋先輩はこれからだけど、絶対凄いし!」
「…………お前にかかると単純だな」
「…千尋先輩、バカにしてる~!だって、俺なんか何もないのに…。何か出来る事の方が凄いもん。あ、それでも尚先輩とかは凄いって思わないから!思うの千尋先輩だけだもん」
「楽器できりゃお前は皆凄いと思うんじゃなかったのか?」
Tシャツを着ながら驚いた表情で千尋先輩が岳斗を見た。
「ええ!?何ソレ!?誰にも凄いなんて思った事ないよ?千尋先輩だけ特別って前も言ったはずだけど!」
「あ、そ…」
ふぅん、と千尋先輩が鼻を鳴らした。
「岳斗、上にこれ羽織れ」
ライダースの重いジャケットを手渡された。
「でも」
「いいから。あとお前の家着いたらもらう」
「…MA-1借りっぱなしだよ?」
「いい。今度日曜にでもどこか行くか?」
「い、い、行き、たいっ!です!」
「そん時着て来い。バイクだと風はまだ寒いから」
「う、うん!」
日曜日に!?
嬉しい!思わず顔を紅潮させて頷けばまた千尋先輩にふ、っと笑われた。
バイクで家まで送ってもらい、ジャケットを返す。
「バイト先までも乗っけてってやる。着替えて来い」
「う、うんっ」
50’sは岳斗のバイト先の叔父さん家よりもっと先。通り道といえば通り道だけど。
岳斗は急いで家に入って着替えを済ませる。
「学校から電話って来てない?」
家を出る前に一応母親に確認した。
「電話?来てないわよ」
「ならいいや。後で話す。バイト行ってくるね!先輩待ってくれてるから!」
「え!見たい!」
母親がきらんと顔を輝かせるのにダメ!と断って慌てて玄関を出た。
散々岳斗がカッコイイを連発してたのに妹の真由と母親は千尋先輩が見たくて仕方ないらしい。
あんまりカッコイイ連発しなけりゃよかった、と今はちょっと後悔してた。
だってまさか家にまで来るようになるなんて思ってもなかったから!
そのまま千尋先輩に叔父さん家まで送ってもらった。
「えと、ありがとうございます。あの色々!送ってもらっただけじゃなくて、学校でも」
「いや。じゃあ、頑張れよ?」
「うん。千尋先輩も頑張って、ね」
「ああ」
手を振って千尋先輩は行ってしまう。
「岳斗、今のゼファーの400か?」
「え?うん。そう言ってた」
叔父さんが声をかけてくると懐かしいなぁ、と目を細めてた。
「随分綺麗にしてるなぁ」
「うん!チョー綺麗!」
叔父さんがでもやっぱりCBだろ、とかゼッツーがどうの、と話し始めるけど岳斗にはちんぷんかんぷんだった。
「俺に言われてもわかんないよ!」
「なんだ、つまんないな。お前高校生なのにバイクに興味ないのか?」
「別に…あんまない…。先輩に乗してもらうのは好きだけど」
「だめだなぁ。今度あの先輩連れて来い」
「え~…50’sにいるよ?元々叔父さんのって言ってたからマスターのだったみたい」
「そうなのか?へぇ…音楽もあそこいいのばっかやってるんだよな」
「あ!それは分かるっ!」
岳斗の周りだったらこんなに音楽にもバイクにも理解あるのに…。
千尋先輩の家ではそうじゃないんだ…。
それに悲しくなってくる。
あの千尋先輩のお母さんのキンキン声がずっと岳斗の耳に残っていた。
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