夜に電話していい?と千尋先輩にメールしたら反対にかかってきた。
『どうした?』
「ええと、どう、というんじゃないんだけど…今日、尚先輩にバラードを心して聴けって言われたから…」
『チッ!余計な事を』
え?アレ?軽く流されるかと思ったら反応が違う。
何?どういう事?
『……それはいいけど、ライブ終わった後付き合え』
「え?うん。いいよ。どこに?」
付き合えって…ライブ後にって、千尋先輩からそんな事言われたら頷くに決まってる!
『50’sだな』
「え?でも休みでしょ?」
『鍵持ってる。この間のライブ会場でバイク停めてた場所覚えてるか?』
「多分、大丈夫」
ベッドに入ったままで耳に聞こえる千尋先輩の声。
声が近く聞こえる。
ふふ、と思わず声が漏れた。
『……なんだ?』
「ううん。声が近いなぁと思って」
いい声…うっとりと聞き惚れてしまう。千尋先輩も歌えばいいのにと思うけれど、これ以上千尋先輩が皆のものになるのも嫌な気がする。
『岳斗』
うわっ!声甘くなったよ…。
ぞくんと思わず岳斗は身体が震えた。
そして思わず千尋先輩のキスを思い出してしまう。
ヤバイよ…。
今日は普通にバイトで50’sに配達もなくて会っている時間が短かった。
学校でも岳斗はまだ視線を感じて屋上には未だ行けてないから会える時間が足りないと思う。
「千尋先輩、屋上、行ってる…?」
教室から眺めてても全然姿は見えなかった。
『最近は行ってねぇな。岳斗こねぇし』
「……枕ないからでしょ」
くっと千尋先輩が笑った。
『それだけじゃなねぇ。ほら、もう寝ろ。オヤスミ』
「うん、寝るね…千尋先輩…………………おやすみなさい」
大好き、好き、と入れたいのに入れられない。
もう一度甘くて低い声でオヤスミと言われて切られた電話が悲しい。
会えないのが寂しい。
でももし先輩が東京に行ったら全然会えなくなるんだから…。
岳斗はずっと置きっぱなしになっているプレゼント仕様のラッピングがされたTシャツの入っている袋を暗がりで見つめた。
結局渡せないまま。
そして借りっぱなしのMA-1。
もう気温が上がってMA-1は着ないだろう。
でもまだ岳斗の部屋のMA-1は置かれたまま。
これがあるかぎり千尋先輩に会う理由がある、という気がした。
ライブ前にどうしても千尋先輩と会いたかった。
Linxは50’sで最終練習をした後に会場入りすると千尋先輩から聞いた。
千尋先輩に50’sに行く前に家にちょっと寄る時間ないかな?とメールすると少し早めに出るとメールが返ってきた。
窓から耳を凝らして、バイクの音が近づいてきたのに慌てて岳斗は外に出る。
「千尋先輩!」
ヘルメットを外して髪をかき上げるのが相変わらずカッコイイ。
「時間、どれ位…?」
「ん?10分位か」
千尋先輩の背中にはベース。
これで今日はLinxが最後。
「ちょっと入る?」
いつも千尋先輩の部屋にばっかり入ってる、から。
「…いいなら」
「キタナイ、よ!」
千尋先輩の部屋は無駄な物がなくて綺麗だ。岳斗の部屋はいきなり散らかっているというほどではないけど、綺麗というにはなんか雑然としている。
「お邪魔します」
低い声で千尋先輩が言うのにいいから~~!と慌てて千尋先輩を押して二階に連れ上がる。母親と真由に見つかったらヤバイ!
「なんだ、もっとキタナイかと思った」
岳斗の部屋にぷっと千尋先輩が笑った。
キス、したいな…と思った。
最後のライブの前、だ。
じっと千尋先輩を見たら千尋先輩も岳斗を見ていた。
「岳斗…」
うわ、声がヤバイ…。
名前を呼ばれただけで心臓はさらにうるさくなるんだ。
そして千尋先輩の手が伸びてきて岳斗を掴まえる。
「岳斗」
抱きしめられて耳元で名前を呼ばれたらそれだけで身体から力が抜けていく。
顎を掴まれてくいと上を向かせられれば千尋先輩のカッコイイ顔が目の前。
かっけぇ、なぁ…。
ぼうっと顔を紅潮させてるとさらに近づいてきてキスされた。
千尋先輩…。
「ぁ……」
千尋先輩の舌が岳斗の口腔をこじ開けて侵入してくると舌を絡められる。
さらに身体の熱が上がってくる。そして夢中になって千尋先輩をいつでも追いかけるんだ。
唇をなぞられて千尋先輩がゆっくりと離れる。
「……岳斗、Linxの最後だ。ちゃんと見てろよ?」
「………うん」
そんな言葉だけでも目が潤んでくる。
「あ~~…だめだな。お前絶対泣く、だろ…」
「…多分」
だってもう泣きそう。
浮かんだ涙を千尋先輩が指で掬う。小さく囁かれる声。
「帰り、出口で待ってるか?それとも控え室までくるか?」
岳斗は首を振った。
「バイクんとこまで行く。大丈夫」
だってそこはLinxの場所で岳斗がいるべきじゃない。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学