「おっす……て、長谷川、どうしたの?」
いつもと同じ谷村との待ち合わせ場所。
すでに岳斗の目は潤んで仕方ない。
Linxは今日のライブで今日解散と告げるのでまだ誰もそれを知らない。
「…なんでもなくないけど、なんでもない」
「なんだそりゃ」
ポケットの携帯が震えて取り出せば千尋先輩からだった。
<やっぱ終わったら控え室に来い。皆がお前に感想聞きたいと言ってるから。招待券持ったヤツ通すようにスタッフにも言っておくから>
「う~~~~…」
また泣けてきそうだ。
Linxに受け入れてもらえてるのが嬉しい。
<じゃあ行く。千尋先輩、頑張ってね。皆にも…>
<ああ>
短い千尋先輩のメール。
「どしたの?」
「ん?終わったら控え室来いって」
「へ~~~!…お前ホント特別?Linxってどこで練習してるとかも全然内緒でメンバーも外で捕まえるしかないらしいのに、お前は中入れてもらえるんだ?招待券だしなぁ…やっぱLinxホイホイだから?」
「もうホイホイでいいよ」
谷村のふざけた言い方に岳斗の気持ちが通常に戻ってくる。
練習は50’sでやってるんだ。
岳斗は何回も見て知っている。Linx以外で知ってるのは本当に岳斗だけらしい。
それも拒まれた事もなくて。
でももう見られない、んだ…。
何度も何度も泣きそうになってくる。
最初の音聴いただけでも泣いてしまうかも。
谷村と一緒に会場へ。
最後のステージは前のほうで見たいから谷村にはいつもよりも時間早めに行こう!と待ち合わせしたおかげでステージに近いところに陣取れた。
しかも千尋先輩側。
それには安心した。尚先輩側だったら最悪だ。
始めに対バンの演奏。
ほどほど、かな…なんて生意気にも思う。
自分は全然演奏なんて出来ないけれどね!
ずっとドキドキが止まらない。
Linxが出たら瞬きもしちゃいけないかも…。
だって千尋先輩の姿見ておかないと!
「続いてLinx~~~!!!」
キャーーーーーー!!!と激しい黄色い声。悲鳴とメンバーを呼ぶ声が交錯している。
目の前に千尋先輩。
心臓が大きくどくどくと脈打っている。
ギターソロからのベースの入り。岳斗が一番最初に聴いて千尋先輩に夢中になった曲だ。
千尋先輩…。
その千尋先輩がつっと視線を客席に向けて、岳斗を見てくれた。
お、と近い位置に岳斗がいたのに目をちょっと見開いてふ、っと笑う。
この顔が好き。
そしてちゃんと聴いてろよ?と言わんばかりにベースのネックをくい、と持ち上げる。
岳斗は潤む目でこくんと頷いた。
注ぐ視線は千尋先輩にだけ。
でも曲も全部聴こえてる。
練習してたから…。知っているから…。
メンバーであれこれ話しながら練習している風景も思い出してくる。
岳斗しか知らない事。
全員の演奏が一体化している。
千尋先輩のベースの低くて響く深い音が岳斗の身体に染み込んでくる。
一番初めはかっけぇ~~~!しか思わなかったのに…。
今でも勿論、いつでもカッケェけどそれだけじゃなくて…。
50’sのステージで胡坐をかいて座り込んでベースを爪弾くのも、バイクから降りるとこも、髪をかき上げるのもどれもカッケェけど、もうカッコイイだけじゃない。
どれもが好き、だ。
全部、全部、全部。
千尋先輩のベースがボーカルを誘導する。
ピックを持った指が激しくビートを刻んでいる。
ネックを伝う手は相変わらず撫でるように…。
千尋先輩の好きが伝わってくる。
ベースが好き。音楽が好き。
そしてLinxが好き。
やっぱりもう岳斗は涙がこぼれて来た。
すると千尋先輩が苦笑を浮べてる。
岳斗を見てくれていた。
こんなに大勢が騒いで、千尋先輩の名前を叫んでいるのに千尋先輩は岳斗をずっと見てくれている。
うっすらと微笑を浮かべベースを操る大きな手。
甘く、深く、低く響くベースライン。
キレのいい曲は音がぱつぱつと跳ねている。
そしてメロディアスな曲は滑らかに。
千尋先輩のベースは自在に音が変わる。
攻撃的な音だったり優しい音だったり。
なんでこんな風に聴こえるんだろう?
低い位置で構えて一見淡々と弾いているように見える。
でも違う。
肩までかかる髪、汗で額に張り付いている。
首から提げた十字架が揺れている。時々髪を振り払うように頭を振って。いつも見ているライブと変わらない。
でもLinxでは最後なんだ…。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学