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羽は散り堕ちた。 5

 1曲目を終えた時ボーカルのタカ先輩のMCも岳斗の耳には何も聴こえなかった。
 もう岳斗の目には千尋先輩しか映っていない。
 キャー、いやぁ!という黄色い声が遠くで聞こえてきた。
 きっと今日で解散するって言ったのだろう。
 千尋先輩はそんな声なんか聞こえないみたいにチューニングを確かめ、ペグを触っている。
 そしてちらっと岳斗を見た。
 視線が絡まるとふっと満足そうに笑った。
 まるでここには千尋先輩と観客で自分だけがいるみたいだ…。

 演奏は全部今まで聴いた中で一番よかった。
 あんなに練習したんだから当然だろうけど。
 そして千尋先輩のベースの音がさらに洗練されたものになっている。余計な音が全然入らないのは元からだけど、紡ぎだされる音にまろみが増した…?
 次々曲が進んでいく。
 どれもがラストなんだ。
 涙で視界が揺れるのが許せなくて何度も拭う。だって千尋先輩が見えなくなってしまうから。

 「ラストは新曲!新曲だけど今日一度きりのラストの曲」
 あれ?岳斗の感動したバラードをしてない。でも練習してたはずだけど…。
 千尋先輩が何か岳斗に向かって言ってた。

 歌、聴け?

 口パクで視線をぎっちりと岳斗にだけ向けてるので間違いないはず。
 「My Dear!」
 ドラムのフィルイン。
 コレが本当のラストの曲?
 岳斗が練習だけでいつも泣いてた曲だ。
 これやられたら絶対もう泣くの止まんないじゃん!
 そういえば尚先輩にも心して聴け、って言われた。
 My Dear…?

 8分の6拍子のラブバラード。
 キャーキャーうるさかった会場がしっとりとした曲調に段々と静かになってくる。
 観客などいなくなったようにしんと静まり返った中でLinxの演奏だけが音を成していた。
 千尋先輩のベースが滑らかにメロディアスなラインを奏でる。
 スライドで上がる音、歌う様なタタタのリズム。
 ギターの尚先輩の音もさらに綺麗になったかも。
 千尋先輩が切なそうに、愛しそうに、ベースを撫でている。

 前に聴いた時抱いているように、感じた、けど…。
 やっぱりそう、だ。
 千尋先輩のベースの音が岳斗の周りを包んでいる感じ。くるりと真綿に包まれているように…。
 ううん…千尋先輩の腕…?
 千尋先輩の腕の中は煙草とフレグランスの混じった匂いがする。
 ステージの千尋先輩を見てればとても満足そうな顔。

 ベースの音と一緒に羽が舞っている…。
 ううん…散ってる…?
 青い光りのライトがクルクルと回っている。
 千尋先輩の翼から羽が舞い上がっている。
 これは千尋先輩の音…?
 Linxの終わりだから、羽を散らせて…そしてまたきっと新しい羽を作るんだ。
 折りたたまれた翼。それが今度はもっと大きい翼を広げるために、新しい羽を作るために、羽を舞わせているんだ。
 
 キミの姿 
 潤んだ瞳
 
 つい甘えさせたくなる 
 つい抱きしめたくなる
 
 微笑む顔が可愛いキミ
 さらにもっと、と求めたくなる

 My dear
 瞳がスキだといっている
 My dear
 いつもそれに心が満ちるんだ…

 大勢の客がいるのが信じられない位しんとして誰もがただ曲に聴き入っていた。
 千尋先輩は岳斗を見つめている。
 岳斗も勿論千尋先輩だけしか見えない。
 ステージと観客席。
 離れているはず。他にも大勢人がいるはず。
 なのにここに岳斗と千尋先輩しか存在しないかのようだ。
 
 キミの視線
 すがる瞳

 つい撫でてしまいたくなる
 つい抱きしめたくなる
 
 掠めるキスに頬染めるキミ
 さらにもっと、と求めたくなる

 My dear
 瞳がすべてといっている
 My dear
 いつもそれに気持ちが満ちるんだ

 My dear
 俺だけを見て   
 俺だけでいい
 My dear
 俺だけを見て   
 俺だけでいい 


 歌詞が耳に入ってくる。
 心して聴け?
 歌、聴け?
 千尋先輩が作詞作曲って言ってた…。
 掠めるキス…?
 あの街灯の下…?
 すがる瞳…
 撫でたくなる…?
 もしかして…コレ…って……。

 岳斗は自分が沸騰してしまうんじゃないかと思う位にかぁっと身体中が熱くなった。
 尚先輩に言われた言葉を思い出せばこの曲って……。
 千尋先輩…。
 真っ赤になった顔を頬を押さえて千尋先輩を見たらふっと笑ってる。

 分かった、か?

 口パクで聞いて来たのにこくこくと小さく何度も岳斗は頷いた。
 よし、と言わんばかりに千尋先輩のネックを操る指がベースの上をなぞっていく。撫でるように、愛撫するかのように。
 ぎゃあ!やめて~!と言いたくなる位エロい感じ…。
 そしてタタタ、タタタ、タ、タァァ…ン…と尚先輩のギターのアルペジオが響き、それが消える頃、しんと静かになっていた会場が揺れるように大きな悲鳴が全部を飲み込んでいった。 

 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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