「岳斗…大丈夫か…?」
「…………分かんない…」
千尋先輩が苦笑している。
ソファにだらりと岳斗の疲れた身体。
恥ずかしい事に!身体を綺麗に千尋先輩が拭いてくれて、着替えもしてくれて、今は千尋先輩がソファに座って、岳斗の膝枕になってた。
「いつもと反対だな」
千尋先輩の手が岳斗の髪を撫でている。
その手を岳斗は掴んで包んだ。
ベースを操る手。
大きい手。長い指。大好きな手だ。
でもこの手がさっきは……。
ちょっと前にされていた事を思い出すとかっとまた顔が赤くなって動揺してくる。
「…岳斗エロい。思い出してたろ…?」
「な、な、な……っ!」
岳斗の顔色を見て千尋先輩が意地悪そうに笑った。
そして軽くキスしてくれる。
「千尋先輩…」
ホントにした、んだ…。
かぁっとすぐに岳斗の顔が熱くなってきてしまう。
「岳斗……」
「…ん?な、なに…?」
「…いや………」
千尋先輩が首を振った。
「………Linx、ホントに終わったんだ…?」
「ああ」
岳斗はちょっと黙ってライブを噛み締めてから口を開いた。
「………あのね……いっつもライブで見る千尋先輩の背中に翼が見えるんだ。大きな翼。ええと…天使のような…?」
「…俺?…天使って柄じゃねぇだろ。どっちかったら悪魔だろ?」
「ううん。真っ白の綺麗な純白の翼だよ?でもね、それ、まだ折りたたまれてるんだ。広がんないの…」
千尋先輩は手をまた岳斗の頭に移動して撫でてくれる。
「…でもそれ、今日羽が散っちゃった」
千尋先輩の手が止まった。
「今度は新しい羽が生えてくるんだ。もっと綺麗な、大きな翼になって!そしたらそれ広がってるとこ見られる、かなぁ…?」
「………岳斗……」
千尋先輩が岳斗の薄い胸にすがるように抱きついてくる。
「千尋先輩…?」
今度はよしよしと岳斗が千尋先輩の髪を撫でてやった。
「俺、千尋先輩のベース大好きなんだ」
「……知ってる」
「うん。え、と…ね、千尋先輩も…大好きなんだ……」
「知ってる」
「もうっ!」
「だっていつもお前、俺しか見てねぇんだもん」
「…そうだよっ!」
「だから……俺もお前しかいらない…。でも……」
うん、と岳斗が顔を上げた千尋先輩をまっすぐ見て、そして促した。
千尋先輩が何を言いたいか分かった気がした。
「お前から離れるぞ?」
「…1年したら追いかけるからいいもん」
「………分かってる、のか?」
「分かるよ…。プロになる、でしょ?」
「………ああ」
「俺言ったでしょ?千尋先輩はプロになんなきゃって!」
言ったけど、いざ千尋先輩からそれを聞かされればやっぱり悲しい。
1年も離れるなんて。それに千尋先輩はこんなにカッコイイし、もてるし、誰もが放っておいてくれないはず…。
「俺、バイト辞めない。お金貯めて千尋先輩に会いに行く。………ダメ?」
「ダメなわけあるか!」
「そん時、泊めてくれる…?」
「ったりめぇだろ」
泣いちゃだめだ、って分かってるけど、顔は泣いてないはずだけど涙は零れた。
「岳斗…」
「千尋先輩……大好き」
千尋先輩が涙を拭ってくれてそしてキスしてくれる。
「春に東京に行く。岳斗、その1年後にお前が今度は出てくる。そうだな?」
「…うん」
「そん時は一緒に住む。な?」
「…うん」
先の事なんて分からないけれど今はその約束が嬉しい。
「あんまり遅くなると、あれだな…送ってく。ってバイクは乗れねぇ、な…歩くのもひどい、か…」
「いいよ……歩く…」
「じゃ途中までおぶっていくから」
「え!いいよっ!」
「いいから」
千尋先輩がちょっとだけよろよろしている岳斗をおんぶして歩いて岳斗の家まで向かう。
大丈夫と言ったけど千尋先輩がいいから、と岳斗を掴まえ、強引に背負わせられた。
50’sと近くてよかった、とほっとする。
「…恥ずかしい…」
「なんで?別にいいだろ」
「なんか小さい子供みたいじゃん」
「小さいし?…俺が動けなくさせたんだから、な」
そんな事言われたらまた思い出してしまってかぁ、っとすぐに岳斗の顔が熱くなる。
だって千尋先輩と、なんてどうしたって信じられない。
身体の違和感だけが夢じゃないと証明しているみたいだ。
今日もまた怒涛の一日だったと思う。
「なんか…」
「うん?」
「千尋先輩と会ってから一日の中で起きることが多すぎて濃すぎるんだけど…?」
「そうなのか…?」
「うん。前は毎日毎日同じ毎日だった。小さな変化はあってもホント普通な感じだったのに。毎日ドキドキで心臓大変…」
くくと千尋先輩が笑った。
「…嫌か?」
「ううん。嫌じゃない」
ぎゅと岳斗は千尋先輩の首に抱きついた。
きっと大丈夫…。きっと…。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学