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翼を休めて。(前) 3

 「も、もしもしっ!」
 夜に千尋先輩から電話がかかってきて慌てて岳斗は電話に出た。
 『時間遅いけど、外出られるか?』
 「出るっ!出ますっ!」
 『じゃいつもの公園、な?』
 「う、うんっ!」
 千尋先輩からだ!
 嬉しいっ!
 岳斗は電話を切るとすぐにそっと家を出て急いで公園に向かった。

 ちょっと待つと近づいてくるバイクの音。
 街灯の下。
 そういや初めてキスしたのもここだったっけ。
 か~っと顔が赤くなる。そういえば全然会ってないからキスもしてない。
 バイクが近づいてきて止まった。
 千尋先輩だ~!
 ヘルメットをとるといつもよりも多く頭を振っている。
 「汗が……」
 「ち、ひろ…先輩…」
 うぅ…と久しぶりの姿に泣きたくなってくる。

 「岳斗」
 千尋先輩が岳斗の腕を引っ張って公園の中に連れて行く。
 「岳斗……全然会えてない…悪い」
 「ううんっ。分かってる、から…」
 抱きついていい、かな…?嫌じゃない、かな…?
 そう思って躊躇してたら千尋先輩がぎゅっと抱きしめてくれた。
 それに安心して岳斗も手を千尋先輩の背に回す。
 煙草の匂いとフレグランスの匂いは同じ。それに汗が混じった感じだ。

 「千尋先輩~…」
 「ああ…岳斗…」
 耳元で名前を呼んでくれる。
 そして屈むと性急にキスしてきた。
 千尋先輩が足りなかった!
 ずっと!
 「ち、ひろ…せ…」
 「ああ、分かってる。岳斗。俺もお前が足りなかった…」
 ホントに…?
 何度も何度も交わすキス。
 よかった…。嫌になられたかと思った…。

 「岳斗」
 ああ…千尋先輩だ…。
 岳斗は思い切り力を入れて抱きついた。
 「岳斗」
 千尋先輩が何度も何度も確かめるように名前を呼んでくれる。
 何も喋らなくていい。こうしているだけで…。
 夜でも暑いのにそんな事より千尋先輩に触れていたかった。

 「……毎日寄るか?」
 千尋先輩が唇を離すとそう囁いた。
 「ううん。大丈夫。……でも、たまに、寄って?」
 「ああ」
 千尋先輩の手がずっと岳斗の頭を撫でてくれている。
 「お風呂入ったけどもう汗かいてるから…汚いよ?」
 「汚くねぇよ。それいったら俺の方が汚い」
 「千尋先輩はいつでもカッコいいよ!……」
 そういえばバイト先、ガソリンスタンド、だけどきっともてるんだろうな…。
 お客さんとかにも声かけられたりとか…。 
 ふるふると岳斗は頭をふった。

 「千尋先輩…あの、10日ってバイト何時から何時?」
 「10日?確か日曜だな。スタンドで1日だ。なんだ?なんかあるのか?」
 「ううん!あ、の…お盆は?」
 「お盆も同じく……」
 そっか、じゃ、やっぱだめか。
 50’Sが休みなのは知ってたからちょっと期待したんだけど、がっくりしてしまう。
 何時間かだけだったらその後、と思ったけど1日じゃ、な…。
 …仕方ない。

 「岳斗?」
 「ううん!また…寄って…?いい……?」
 「ああ」
 「ベースも弾いてた?」
 「ああ。弾いてる。弾かなきゃ腕が落ちる。それじゃ何のためにバイトしてっか分からねぇだろ」
 「……うん。俺、千尋先輩の曲が聴きたいな。勿論ベース弾いてるとこはいつでもカッコイイけど…」
 くしゃっと千尋先輩が岳斗の頭を撫でる。
 「お前がそう言ってくれるから頑張れる」
 「うん」
 「……岳斗、メールはいつでも入れてていいんだぞ?すぐに返せない時でもちゃんと後で返す。お前に我慢させてるのは俺だって分かってるから」
 ふるふると岳斗は首を振った。

 「我慢じゃないよ?だって千尋先輩の為だもん。…ただ、千尋先輩が足りなくなるから…たまにでいいから会いたい…ちょっとでもいいから…会いたい、んだ」
 折角我慢してたのについに涙が零れてしまった。
 誕生日に、とかお盆にとか無理言わないから、今みたいにちょっとでいいから…。
 来年は会えないんだからせめて今だけは会いたい。
 「岳斗」
 また千尋先輩が抱きしめてくれた。

 「よかった…」
 「よかった…?」
 「お前、泣かねぇから…俺愛想つかされたかと思った」
 「……俺、泣いた方いい、の?」
 「岳斗に関してなら。泣かれた方安心出来る」
 「……ひどい」
 零れた涙を拭ってくれる。その手が優しい。
 岳斗の頬に触れる大きな手に岳斗は手を重ねた。
 大好きな千尋先輩の手だ。ベースを奏でる大事な手。
 「岳斗…」
 千尋先輩の仄かな煙草の香りと一緒にまた唇が重なった。
 
 
 

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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